Project
POEM
Concept
縄文土器を肉眼で見た時、独特な突起や文様から、風景、自然現象、生物の姿や動き、そして音や感触を思い描いた。さまざまな情報の断片が混在しているその様相は、縄文人の詩のようにも思える。それらは、縄文人が生きるために食した生命に関するものではないか、つまり、命をもらった生き物に対して祈りや畏れを感じ、そのエネルギーが縄文土器のグロテスクで美しい造形を生み出したのではないかー。本作は、これらの想像をもとに企画・制作した。
Planner / Creative Director:Takuma Nakazi
Director / Designer:Hiroshi Takagishi
Designer:Itsuki Maeshiro, Ryoichi Kuboike
Music:Marihiko Hara
Executive Producer:Hiroshi Takahashi
Producer:Yasuaki Matsui

「POEM」制作メンバー座談会 Vol.1 コンセプト篇
Creative Director 中路琢磨 / Art Director 工藤薫(オンライン参加) 2021年夏に発表されたWOWのオリジナルショートフィルム作品「POEM」。人類史のなかでも特異な造形性で知られる縄文土器にインスピレーションを得て、日本の深層に息づく精神性をビジュアライズした作品です。太古の人々と自然の関係、命の循環に想いを馳せて描き出された“縄文人の詩”は、どんなコンセプトのもとに、いかなるプロセスを経て完成を遂げたのか。 その秘密に迫るため、WOWの制作メンバーによる座談会を2回に分けて実施。Vol.1となるコンセプト篇では、企画&クリエイティブディレクションに携わった東京オフィスのクリエイティブディレクター中路琢磨と、仙台オフィスのアートディレクター工藤薫による対話を通じて、作品に込められたビジョンをひも解いていきます。 Planner / Creative Director:Takuma Nakazi Director / Designer:Hiroshi Takagishi Designer:Itsuki Maeshiro, Ryoichi Kuboike Music:Marihiko Hara Executive Producer:Hiroshi Takahashi Producer:Yasuaki Matsui “縄文”というテーマに行き着いた理由 中路 もう20年近く前になりますが、実は工藤さんとは水野祐佑さんと三人で結成した「JURYOKU」名義で、オリジナル作品を発表するなどしていましたね。なので“縄文”というテーマにしても、工藤さんにはおのずと伝わっている部分があるのでは、と思うのですが……。 工藤 確かにそれはあります(笑)。僕が覚えているのは、東北の風景をテーマにしたショートムービー「The Poetry of Suburbs」(2005年)を一緒に制作した時のこと。その土地の風景や環境を興味深そうに探求していく様子が記憶に残っていて、今回の作品もいわば、その延長線上に位置付けられるのかなと思いました。 中路 あれはちょうど仙台に2年ほど住んでいた頃のことで、大阪出身ということもあり、東北の風景がとても新鮮に映ったんです。文化や歴史背景について教えてもらったり見聞きしたりするなかで、「この風景を映像として表現したい」と思ったことが作品につながりました。まさにその延長線上という感覚で、日本の精神性や“祈り”について深掘りしていくうちに、ルーツというべきところへ行き着いた感じですね。 ーーいわば日本の精神文化の最深部につながるテーマですが、それをどんなコンセプトへ落とし込んでいったのでしょう? 中路 唐突な話になりますが、エジプトのピラミッドをはじめとする古代遺跡には、現代では考えられないような権力や労力を費やして作られたものならではの、ものすごい力を感じます。実は縄文土器にも同じような感覚を覚える一方で、ある疑問が浮かんできたんです。グロテスクさと繊細さを持ち合わせた、造形を超えたエネルギーの塊のような形……それを、一体どうやって作り上げたのだろう? 縄文時代の日本には国家のような巨大な体制はまだなかったはずなのに、これだけのものを作り出すエネルギーはどこから来たのか? そう考えてみて、この造形を生み出したのは原始の信仰、自然の中に宿った神に対する祈りやおそれのエネルギーではないかと思い至ったんです。 自分の想像になりますが、当時の人々はドングリやキノコなどを採集する一方で、クマやシカ、イノシシなどをタンパク源としていました。こうした動物は人間よりも身体能力が高い点で、それ自体が神のような存在ともいえるし、あるいは神である山からの使いともいえるかもしれない。だからこそ、その牙や爪などを飾りとして身に着けたり、自分の命をつないでくれるものとして祈りやおそれの対象にしたのだと思います。そういう視点から、縄文土器の突起の部分に表された動物の角や牙、鳥やキノコやイソギンチャクを思わせる有機的なモチーフを見ているうちに、ふと「映像みたいだな」と感じました。 ーー縄文時代を象徴する火焔型土器はその名のとおり、火焔のような形の突起が特徴ですが、その形からビジュアル的な連想が広がったわけですね。 中路 はい。映像といっても、一つのルールのもとにタイムラインがあるのではなく、いろんな断片がボコボコ付いているイメージでしょうか。それを自分なりにひも解いたら、それだけで映像になるんじゃないかと思ったんです。では、文字を持たなかった縄文人にしかわからない世界観をどうやって表現していくか。絵コンテを描き、編集を進めていくうちに、断片が無骨に折り重なるような構成が“縄文人の詩”のように感じられてきて、「POEM」というタイトルを付けました。 WOWのルーツ・東北と縄文との深い関係 工藤 縄文土器からインスピレーションを受けたさまざまなモチーフで構成される映像を見て、「中路さんからは縄文土器がこんなふうに見えているのか」と感心しました。オオカミやシカなど、信仰の対象になっている動植物を敬い、感謝する気持ちを中路さんなりに解釈しつつ、そうした野性的な要素をダイナミックかつ繊細に表現している点に心惹かれましたね。 中路 個人的に、いわゆるきれいな編集が得意じゃないんです。どうしても、素材を単純に並べていき、一連で見た時に全体のフィーリングが立ち上がってくるという編集の仕方になってしまう。全体の塊としてはインパクトがあるけれど、部分単位では何を言っているのかわからない……その意味では、縄文土器とも似ているかもしれない。つまり、自分が作りたいと思う表現と縄文土器には親和性があったということですね。 ちなみに僕の場合、そうやって興味の趣く範囲内でやりくりしようとする癖があるけれど、工藤さんは東北に伝わる伝統行事をモチーフにした体験型インスタレーション作品「BAKERU」(2017年)にしても、しっかりフィールドワークを積み重ねて制作していますよね。 工藤 調べていけばいくほど、自分が暮らしている土地のすぐ近くに数多くの郷土芸能や祝祭行事が受け継がれていることに気付かされたんです。そこから興味が深まって、さらに自分たちなりの解釈を加えて表現するというアプローチになった。まずは自分たちの「知りたい」という探求、次にそれを多くの人に「知ってほしい」という想い、この2点が自分の中のモチベーションになっています。 中路 その話を聞いて、仙台に住んでいた頃に話していたことが蘇ってきました。東北って、日本のメインストリームの歴史から見ると仲間はずれにされてきたようなところがありますよね。関西出身者から見ると、関東の神道や仏教はかなりシステム化されていて、“祈り”よりも“願い”のほうが強い。例えば、お札を買えば護られる、100回お参りしたら地獄へ落ちないというように、ギブアンドテイクの仕組みが根付いている。一方で東北には体制化される以前の信仰がたくさん残っていて、“祈り”の要素が強く感じられる。大和朝廷が進出してくる前のエミシの文化もそうですし、縄文文化にもアイヌの信仰と通じるところがあります。まだまだ知られていない、独特な世界が広がっているはずだと思うんです。 (上)体験型インスタレーション作品「BAKERU」(2017年) 縄文の精神文化をどうビジュアライズするか ーーそうした精神文化をどうビジュアルに落とし込むか。まさに腕の見せどころであり、難しいところでもありますね。 中路 たとえグロテスクな表現でもオブラートに包まずに、今のCGで表現できる最大のパフォーマンスを生かした映像を作れるはずだと信じて取り組みました。一方で工藤さんが手がけた「BAKERU」では、神々を親しみやすくキャラクター化しながらも、自然の摂理や世界観をきちんと表現している。僕にはとてもできないアプローチだけど、根底の部分では共通するものを感じます。 工藤 「BAKERU」には、「こういう郷土芸能があるんだよ」ということを伝えたいという明確な思いがあったんです。でも「POEM」の場合は、縄文文化というある意味“誰にもわからない世界”を中路さんの解釈で表現している点が大きな違いであり、面白さになっているのかなと。 そういえば思い出したんですが、レクサスのライフスタイル型提案マガジン『BEYOND BY LEXUS』の企画で、三内丸山遺跡をはじめとする東北の縄文遺跡を巡ったことがありました。あの時も感じましたが、残されたものやわかっている部分から想像を膨らませていく面白さが縄文にはある。例えば、土器には煮炊きする機能だけでなく、亡くなった子どもの骨を納めて玄関の下に埋めておくという習慣があったかもしれないという話など、現代人の想像を超えた使われ方をしていたかもしれない……とか。 中路 確かに、科学的に「これはこうでした」と証明するのではなく、断片的なイメージから「こうだったんじゃないか?」と自由に言える題材だからこそ、面白みがある。それは間違いないですね。あとはやはり、縄文土器の造形のとてつもなさ。岡本太郎の縄文土器論を読んでいたので以前から興味は持っていたんですが、心を動かされたきっかけは、東京国立博物館で開催された「縄文ー1万年の美の鼓動」(2018年)を見に行ったこと。写真ではなく、初めて見た縄文土器の実物にすごい衝撃を受けました。 工藤 ちなみに、映像の最後に出てくる火焔型土器は? 中路 あれは新潟県で出土した火焔型土器で、フリーで公開されているスキャンデータを使っています。ただ重要なのは、土器を表現したかったわけではないこと。表現したかったのはあくまでも、縄文時代から脈々と自分に至るまで受け継がれてきた、祈りやおそれという要素です。なので、畏怖の気持ちや“念”のようなものが表れるように、ちょっと恐いトーンで作っています。 工藤 流れとしては、いきなり答えを出すのではなく、ちょっとずつ種明かしをしていく構成ですよね。細胞の視点や抽象的な表現から始まって、「えっ、何これ!?」というところから視界が広がり、種明かしをしていくプロセスがしっかりあって、最後にドンと縄文土器が登場する。ただ、これはクライアントワークでは難しいアプローチですよね。 中路 確かに、普通の仕事だったら「もっとわかりやすくして」って言われておしまいになる(笑)。クマやシカの体が解体されて内臓が出てくるシーンにしても、まず難しいですよね。今回は内臓をエネルギー体として表現して、それが人間の命になり、神として崇められることで動物たちへ巡っていく。最後の炎のオオカミは、食べられると同時に崇められる循環的な存在を表現したくてできあがったデザインです。 (上)リサーチプロジェクト「いのりのかたち」 Teaser Movie(2021年) ライフワークから生まれる表現の強度 中路 それにしても面白いと思うのは、東京の僕と仙台の工藤さんがそれぞれに同じようなテーマを追求していて、出てきたものが違う表現になっているところ。もしよく似たものになっていたら、強力なボスがいてトップダウンで作っている印象になると思うけれど、そうじゃない。 工藤 ジャパン・ハウス・ロンドンで展覧会「WOW : City Lights and Woodland Shade 都市の光、郷の灯」(2019〜20年)が開催された時のことですが、現地の方が言われた「東京と仙台、それぞれの表現がよく表れているのがWOWの面白いところだ」という言葉ともつながる話ですね。そもそも「POEM」は、いま東北で進めているリサーチプロジェクト「いのりのかたち」の作品の一つにしたいくらいです。それくらい、考え方や感覚として共通するものを感じる。 中路 気付いたら同じようなことを探求していて不思議だし、それが面白い。僕に関しては、縄文に限らず日本に受け継がれてきた“祈り”というものに興味があるんです。一方で、体系化された“願い”の仕組みには関心がない。自然や土地に対するピュアな信仰に憧れますし、それを映像として表現できたらいいなと思っています。 工藤 それはぜひ、中路さんのいちファンとして見てみたいですね。僕自身は、地域文化を掘り下げていく活動をライフワークとして、プロジェクトのメンバーと一緒にこれからもやっていくと思います。全国の小学生に「BAKERU」の体験を通して郷土芸能やデジタルアートに関心を持ってもらう「BAKERUの学校」というプロジェクトも続けています。一過性のモチーフとして扱うだけではなく、自分たちが学び続けていく姿勢を大事にしながら、これからもたくさんの人たちに伝えていきたいです。 佐々木路瑠(WOW PRチーム) 最後に私からも質問です! 「POEM」には表現としての強さや密度を感じるのですが、ここまで強度のある作品を作るにはどうすればいいか、アドバイスをお願いします。 中路 それは、とにかく時間をかけること。日頃の仕事とは別に、自分が納得いくまで突き詰めていくこと。もちろん大変な労力がかかるし、わがままを貫くことになるけれど、そこは戦って時間をしっかりかけていかなければならない。でもWOWはそれができる場所だと思うし、それに誰でも本当に好きなものが一つは必ずあるはずだから。広告の現場では「同じテーマを別の機会に出してはいけない」というルールがあるけれど、僕は絶対にやりたいものであればなんとかチューニングして、企画が通るまで出し続けてきたんです。それで実現できるタイミングが来たら、一気に力を注いでいく。ようは、好きなことを突き詰めるということだと思います。 <Interview & Text : Keita Fukasawa>

「POEM」制作メンバー座談会 Vol.2 CG制作篇
(左から): Creative Director 中路琢磨 / Visual Art Director 高岸寛 / Visual Designer 真栄城樹 / Visual Designer 久保池良一 2021年夏に発表されたWOWのオリジナルショートフィルム作品「POEM」。人類史のなかでも特異な造形性で知られる縄文土器にインスピレーションを得て、日本の深層に息づく精神性をビジュアライズした作品です。太古の人々と自然の関係、命の循環に想いを馳せて描き出された“縄文人の詩”は、どんなコンセプトのもとに、いかなるプロセスを経て完成を遂げたのか。 その秘密に迫るため、WOWの制作メンバーによる座談会を2回に分けて実施。Vol.1となるコンセプト篇に続いてVol.2では、企画&クリエイティブディレクションに携わったクリエイティブディレクター中路琢磨と、ディレクションを手がけた高岸寛、デザイナーの真栄城樹と久保池良一による座談会をお届け。シーンごとに込めた想いや技術的な工夫、前例のない表現に挑んだモチベーションが語られます。 Planner / Creative Director:Takuma Nakazi Director / Designer:Hiroshi Takagishi Designer:Itsuki Maeshiro, Ryoichi Kuboike Music:Marihiko Hara Executive Producer:Hiroshi Takahashi Producer:Yasuaki Matsui 初めてコンテを見た印象「これは手ごわいぞ」 中路 「POEM」の制作にあたっては、僕がクリエイティブディレクターとして企画からコンテを描いて、高岸くんにアートディレクターに立ってもらい、技術的なことは真栄城くんと久保池くんとの間で話し合ってもらって進めてもらうという構成でした。でも、この顔ぶれでチームを組んだのは今回が初めてだよね。きっかけは、飲んだ勢いで……(笑)。 高岸 横浜で設営をしていた時に、飲みの席で中路さんから「縄文がアツい」っていう話を聞いて。ちょうど自分もオリジナル作品をがっつりやりたいと思っていて「いいっすね!」と返事をしました。思えば、それが長い戦いの始まりでした(笑)。 久保池 確か、横浜みなとみらいで毎年夏に開催されていたイベント「ピカチュウ大量発生チュウ!」の2018年の時ですね。もう3年以上も前になります。 高岸 最初は中路さんと僕の二人でやろうと考えていたんですが、中路さんから上がってきたコンテを見たところ、普段やらないような表現ばかりで「これは一人では厳しい」と思いました。そこで、当時勉強中だった3DCGツール「Houdini(フーディニ)」を使おうと考え、真栄城くんに声をかけたんです。それでも「どうも手ごわいぞ」と思い、後から久保池さんに「一緒にやりましょうよ」って声を掛けました。 真栄城 突然、Slackに連絡が来たのを覚えてますよ。「Houdiniに興味あるよね」って(笑)。 久保池 Houdiniって、最初のハードルが高いですよね。数学的な知識だったり、コードが書けたりすれば、流体などの表現に大きな力を発揮してくれるんですが……。最近になってようやく日本のユーザーやチュートリアルも増えてきて、にぎわい始めた印象があります。 高岸 ちょうどコロナ禍が始まった頃に制作が始まって、ほぼリモートで連絡を取り合っていましたよね。 中路 僕としてはある程度ビジュアルができたものを見せてもらう立場だったので、リモートでも全然不自由しなかったけど、本当のところはどうだった? 今思えば、僕は詳しい説明を何もしないタイプだけに、説明不足だったかなと反省していますが……。 高岸 3人で進めておいて、週に1回は「ここ、どうしたらいいと思う?」という話し合いをしてました。途中で1カ月、丸ごと時間を費やしていい時期があったので「集中して終わらせよう!」と意気込んだんですけど、全然終わらなかった(笑)。その時は小まめに連絡を取ってましたけど、やっぱり現場で顔を合わせてやるほうが早いのは確かですね。 真栄城 でも、すごい不都合があったという記憶はないですね。 久保池 よく「中路さんはこう言っていたけど、どう表現しようか?」って話してましたよ。ただ、作っているのが映像だけに、画面を共有しながら話せるのは便利だなと思いました。 「Houdini」の試行錯誤から生まれた緻密な表現 ーーここからは順を追って、シーンごとの工夫や制作秘話をお願いします。 中路 まずはオープニング。粘菌のアップに続いて、光の線が伸びていくところ。縄文時代の湿った森の様子を有機的に表現したいと思ったシーンですね。 高岸 ちょうどHoudiniを触り始めたばかりの頃で、コケの作り方が多肉植物みたいになって、めちゃくちゃハイポリ(ハイ・ポリゴン)になってしまった。画としては良くなったと思いますけど、作り方としては間違ってる(笑)。本来なら危険な作り方ですね。 中路 クライアントワークだと効率重視で、データが重くてレンダリングに時間がかかるのはダメというセオリーだけど、オリジナルワークでやったことがないことをやる以上、突き進んでいく姿勢が純粋でいいと思うけどね。次は、黄色い粘菌的なものが広がっていくシーン。 高岸 本来の粘菌はもっとスライムみたいで気持ち悪い感じですが、それを少しだけ水晶体っぽい質感にしてみました。 中路 僕がこだわったのは、主に動きや質感の部分。例えばこのシーンは、本当なら早送りじゃないと見えない動きになっている。でも映像表現としては短い時間の中で「これは何だろう」と考えさせたり、何を描いているのかを伝えなければならない。イントロとしては、“生物っぽい何か”だとわかるくらいがちょうどいいかなと。 真栄城 次のイソギンチャクのシーンは、規則的すぎると有機的な感じが出ないので、ランダムな動きに気を付けました。その次のフジツボも、増殖する方向を決めて、一つずつの動きについては自由に動いてもらう構成で作っています。 中路 せっかくこんなにしっかり作ってもらったのに、一瞬で終わってしまってごめんなさい……。これは大量のオブジェクトがぶつかり合わずにスケール感を保ちつつ、きれいに数が増えていくというHoudiniならではの表現だよね? 真栄城 そうです。他のソフトでもできないことはないですが、規則的な形や動きの生成をコントロールしやすいのはやっぱりHoudiniですね。 久保池 次のキノコが生えてくるところ、ここはかなり大変でした。とくに半透明でヌメヌメした質感を出そうと思ったらレンダリングがかなり重くなってしまって……。レンダラーは「Redshift」を使ったんですが、プロキシファイルを工夫したりしました。 高岸 CG空間上で透明のものを動かす場合、光の透過を計算するのがすごく大変。とくにこれはキノコのヒダの影など、繊細な光の加減を計算するのにものすごく時間がかかるケースです。軽くすればノイズが出てチラつくので、それを消す作業をずっとやってました。 中路 でもそのおかげで、こうやって静止画として見ても本当に美しい。動画としてはあり得ないくらい。……次の動物のシーンは高岸くんですか? シカの耳の中まで毛が生えていてすごい。 高岸 そうです。イノシシ、ヘビ、シカ。ヘビはウロコだからいいですが、ひたすら動物に毛を生やす作業をやってましたね。そのおかげで、息子の髪の毛を切る時に流れやシルエットが想像できるようになりましたよ(笑)。 動物解体、走る炎……複雑極まるシーンの苦労話 中路 前半はモノクロっぽい印象でしたが、後半から色味が出てくる構成にしています。“縄文時代”と聞くとどうしてもモノクロとかセピア色の先入観で考えてしまうけど、当時の人たちは僕らと同じ光で色を見ていたはず。そこで、後半へ行くにつれてアクティブに動きながら彩度を鮮やかにしていきました。 次の土器が焼けるところも、アングルをかなりやり直してもらいました。寄って見た時に爪や牙、植物のツルや環形動物に見える部分の表現や、土器であることをアピールするにはどうしたらいいか話し合って……とくに焼けている表現については、真栄城くんの努力のおかげだと思います。 真栄城 ひび割れて内部発光しているようにしたいと思い、画としての説得力が高まるように明るさの加減などを注意しましたね。 高岸 次がクマの顔のアップ。アニメーションは久保池さんにつけてもらって、毛は僕が生やしました。 久保池 前半はカットごとに担当を分けていたのが、ここからは作業ごとに担当を割り振りながらの作業になりましたね。 中路 そして、問題はここから。動物が内側から破裂して、中から内臓的なものが飛び出てくる。僕としては血や内臓をリアルに描くというよりは、「神の使いから命をいただく」ということを伝えたかった。最初は骨が見えているゾンビのような感じでコンテを描いたんですが、縄文土器の特徴である流体のようなエネルギーのラインが渦を巻きながら一つになり、命に対する祈りやおそれの象徴として現れてくる様子を表現したいとお願いして。殺した動物が実は神であり、神聖な存在であることが伝わるように作ってもらいました。 高岸 これは正直、めちゃくちゃ大変なことをやってます(笑)。まず毛を生やしておいて、ただ割れるだけのシミュレーションを作る。内臓を表すエネルギー体は別でシミュレーションして動かしてます。そこに、内側から破ける動きをシミュレーションしたものを、最終的に干渉し合うようにまたシミュレーションして。何回も繰り返しシミュレーションしたのを覚えてますね。 中路 次が、オオカミが燃えて走っていくシーン。ここは、うまくバランスを取りたいという話を何回かした気がする。結果的にオオカミと炎の両方がいい感じになったと思います。 高岸 ここも大変でしたね。燃える生き物って表現として非常に難しい。この場合は内部発光して火が漏れて、それでいて燃えすぎずに毛は黒いという表現ですが、3人でひたすら「オオカミ 燃えてる」で検索して(笑)、結局、どれも微妙だねという話になった。これに限らず、動物のアニメーションは真栄城くんが作ってくれていますが、別のソフトでアニメーションさせたものをHoudiniへ持ってきて、久保池さんと僕が毛や炎をシミュレーションする作戦で進めました。 久保池 ここはずっとシミュレーションしてました。動物が動くアニメーションに対して普通に火を付けると、炎が自然に尾を引かずに変な挙動になってしまう。かといって、全体を燃やすと全体が黄色い物体になってしまうんです。 真栄城 それだと単に炎の塊が動いている感じになって、どうしてもファンタジーっぽくなっちゃう。そう見えないようにするには、動きの加減も重要でしたね。 高岸 この頃になると、だんだん時間がなくなってきて。「あと1カ月しかない、間に合わない!」という感じだったのを覚えています。だけど、中路さんにはそのことは黙ってました(笑)。 中路 それは、僕に言ってもどうにもならないからだよね(笑)。そして最後の縄文土器のシーン。見る人にとっては、これまで描かれてきたさまざまな要素がここでようやく一つにつながってくる。土のテクスチャーがおどろおどろしくてすごいけど、これは元々あるモデルにマテリアルを付けたもの? 高岸 そうですね、焚き火の中の炭が部分的に発光しているようなイメージです。ここも地味に大変でした。時間が限られていたことを考えても、「この表現しかない」という形になったと思います。 妥協なき熱意でたどり着いた圧巻の地平 中路 こうやって振り返ってみても、僕にとってはずっと温めてきたアイデアを一気に集約して吐き出す機会だっただけに、我慢してきたぶんの“倍返し”的な作品になっていると思います(笑)。 高岸 自分の殻を突き破るような、チャレンジングな行為が詰まっていますよね。そういえば最初の頃は、中路さんのコンテの冒頭のシミュレーションを延々やっていました。クマの口の中を内側から突き破っていくんですが、途中で「これ、動物愛護団体に怒られますよ」って相談しましたよね。クライアントワークでは絶対にできない表現だっただけに、あのままやった方がよかったですか? 中路 最初は毛皮が全部剥がれてドクロになるイメージだったけれど、インパクトが強くなりすぎて「これをやりたくて作品を作ったのか」と思われるのは癪(しゃく)だなと。そう考えると、バランスを取ってもらってよかったと思います。 それに限らず、例えやり方が間違っていても突っ切って、「とにかくやり切るんだ」というモチベーションを注ぐことができたのは、すごくよかった。そもそも、ここまで静止画がきれいなのは本当にすごい。これだけ作り込めば誰が見ても「うおっ!」ってなるんじゃないか。クマの口が開くところとか、ブラーをかけてごまかさずにクマの毛をびっしり生やして、唇のテカりもしっかり見えていて……本当に格好いい。 高岸 動画としてよりも、1フレームをどう表現するかという意気込みの塊のような作品になっていますよね。その点では、CM出身のメンバーが多いだけに、作り込みの力が発揮されたのかなと思います。 真栄城 どのシーンも、作っていて飽きなかったですね。「次はこれか、どうやって作ろう?」という感じで毎回、新しい気持ちで取りかかることができました(笑)。 久保池 思い出深いのはやっぱり、1カ月くらいかけたキノコのカットですね。最初はスケールで大きくさせるだけの予定だったのが、途中で「成長させたい」って言われて。そこが難しかったけれど、ひたすら方法を突き詰めて、本当に贅沢な時間でした。 中路 本当にもったいないくらいの労力を費やしているけれど、僕としてはソフトがどんどん進化していくなかで、今から何年経ってもしっかり映像表現として成立するものを作りたい。だからこそ、このチームで丁寧に作り込んだことは、ちゃんと評価されるはずだと思っていますね。 佐々木(WOW PRチーム) WOWのディレクターは個人主義的なイメージが強くて、一人で作品を完成させることが多いのかなと思っていたんですが、こうやって分業することもあるんですね! その上で、抽象的なオーダーに対して「もっと詳しく指示してくれよ」と思うことも多かったと思うんですが、そこをぐっと抑えて制作に臨むことができたのは何故でしょう? 高岸 いや、ぐっとこらえたことは一度もなかったですよ(笑)。僕の場合は、説明書きがあればその通りにしますが、基本的には自分の中で「こんな感じかな」と読み解きながら作ってみる。今回は特にそういう憶測の連続でしたね(笑)。 一同 (笑)。 中路 ディレクターによっては、コンテで0.何秒ごとに細かく言語化する人もいるけれど、僕はそうじゃないから……。でも個別に見ても、誰かの我が強く出てるシーンは一つもない。僕としても「絶対こうだ」という言い方じゃない方が、より良い解決につながると思うし、何よりこの3人が見事に作り上げてくれた。チームとして、みんなの経験値がうまくミックスされてできあがった作品なのは間違いないと思います。ありがとうございました! <Interview & Text : Keita Fukasawa>