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「POEM」制作メンバー座談会 Vol.2 CG制作篇

参加メンバー

(左から): Creative Director 中路琢磨 / Visual Art Director 高岸寛 / Visual Designer 真栄城樹 / Visual Designer 久保池良一

 

2021年夏に発表されたWOWのオリジナルショートフィルム作品「POEM」。人類史のなかでも特異な造形性で知られる縄文土器にインスピレーションを得て、日本の深層に息づく精神性をビジュアライズした作品です。太古の人々と自然の関係、命の循環に想いを馳せて描き出された“縄文人の詩”は、どんなコンセプトのもとに、いかなるプロセスを経て完成を遂げたのか。

その秘密に迫るため、WOWの制作メンバーによる座談会を2回に分けて実施。Vol.1となるコンセプト篇に続いてVol.2では、企画&クリエイティブディレクションに携わったクリエイティブディレクター中路琢磨と、ディレクションを手がけた高岸寛、デザイナーの真栄城樹と久保池良一による座談会をお届け。シーンごとに込めた想いや技術的な工夫、前例のない表現に挑んだモチベーションが語られます。

 

 

Planner / Creative Director:Takuma Nakazi
Director / Designer:Hiroshi Takagishi
Designer:Itsuki Maeshiro, Ryoichi Kuboike
Music:Marihiko Hara
Executive Producer:Hiroshi Takahashi
Producer:Yasuaki Matsui

 
初めてコンテを見た印象「これは手ごわいぞ」
 
中路
「POEM」の制作にあたっては、僕がクリエイティブディレクターとして企画からコンテを描いて、高岸くんにアートディレクターに立ってもらい、技術的なことは真栄城くんと久保池くんとの間で話し合ってもらって進めてもらうという構成でした。でも、この顔ぶれでチームを組んだのは今回が初めてだよね。きっかけは、飲んだ勢いで……(笑)。
 
高岸
横浜で設営をしていた時に、飲みの席で中路さんから「縄文がアツい」っていう話を聞いて。ちょうど自分もオリジナル作品をがっつりやりたいと思っていて「いいっすね!」と返事をしました。思えば、それが長い戦いの始まりでした(笑)。
 
久保池
確か、横浜みなとみらいで毎年夏に開催されていたイベント「ピカチュウ大量発生チュウ!」の2018年の時ですね。もう3年以上も前になります。
 
高岸
最初は中路さんと僕の二人でやろうと考えていたんですが、中路さんから上がってきたコンテを見たところ、普段やらないような表現ばかりで「これは一人では厳しい」と思いました。そこで、当時勉強中だった3DCGツール「Houdini(フーディニ)」を使おうと考え、真栄城くんに声をかけたんです。それでも「どうも手ごわいぞ」と思い、後から久保池さんに「一緒にやりましょうよ」って声を掛けました。
 
真栄城
突然、Slackに連絡が来たのを覚えてますよ。「Houdiniに興味あるよね」って(笑)。
 
久保池
Houdiniって、最初のハードルが高いですよね。数学的な知識だったり、コードが書けたりすれば、流体などの表現に大きな力を発揮してくれるんですが……。最近になってようやく日本のユーザーやチュートリアルも増えてきて、にぎわい始めた印象があります。
 
高岸
ちょうどコロナ禍が始まった頃に制作が始まって、ほぼリモートで連絡を取り合っていましたよね。
 
中路
僕としてはある程度ビジュアルができたものを見せてもらう立場だったので、リモートでも全然不自由しなかったけど、本当のところはどうだった? 今思えば、僕は詳しい説明を何もしないタイプだけに、説明不足だったかなと反省していますが……。
 
高岸
3人で進めておいて、週に1回は「ここ、どうしたらいいと思う?」という話し合いをしてました。途中で1カ月、丸ごと時間を費やしていい時期があったので「集中して終わらせよう!」と意気込んだんですけど、全然終わらなかった(笑)。その時は小まめに連絡を取ってましたけど、やっぱり現場で顔を合わせてやるほうが早いのは確かですね。
 
真栄城
でも、すごい不都合があったという記憶はないですね。
 
久保池
よく「中路さんはこう言っていたけど、どう表現しようか?」って話してましたよ。ただ、作っているのが映像だけに、画面を共有しながら話せるのは便利だなと思いました。
 
「Houdini」の試行錯誤から生まれた緻密な表現
 
ーーここからは順を追って、シーンごとの工夫や制作秘話をお願いします。
 
中路
まずはオープニング。粘菌のアップに続いて、光の線が伸びていくところ。縄文時代の湿った森の様子を有機的に表現したいと思ったシーンですね。
 
高岸
ちょうどHoudiniを触り始めたばかりの頃で、コケの作り方が多肉植物みたいになって、めちゃくちゃハイポリ(ハイ・ポリゴン)になってしまった。画としては良くなったと思いますけど、作り方としては間違ってる(笑)。本来なら危険な作り方ですね。
 
中路
クライアントワークだと効率重視で、データが重くてレンダリングに時間がかかるのはダメというセオリーだけど、オリジナルワークでやったことがないことをやる以上、突き進んでいく姿勢が純粋でいいと思うけどね。次は、黄色い粘菌的なものが広がっていくシーン。
 

 
高岸
本来の粘菌はもっとスライムみたいで気持ち悪い感じですが、それを少しだけ水晶体っぽい質感にしてみました。
 
中路
僕がこだわったのは、主に動きや質感の部分。例えばこのシーンは、本当なら早送りじゃないと見えない動きになっている。でも映像表現としては短い時間の中で「これは何だろう」と考えさせたり、何を描いているのかを伝えなければならない。イントロとしては、“生物っぽい何か”だとわかるくらいがちょうどいいかなと。
 
真栄城
次のイソギンチャクのシーンは、規則的すぎると有機的な感じが出ないので、ランダムな動きに気を付けました。その次のフジツボも、増殖する方向を決めて、一つずつの動きについては自由に動いてもらう構成で作っています。
 


 
中路
せっかくこんなにしっかり作ってもらったのに、一瞬で終わってしまってごめんなさい……。これは大量のオブジェクトがぶつかり合わずにスケール感を保ちつつ、きれいに数が増えていくというHoudiniならではの表現だよね?
 
真栄城
そうです。他のソフトでもできないことはないですが、規則的な形や動きの生成をコントロールしやすいのはやっぱりHoudiniですね。
 
久保池
次のキノコが生えてくるところ、ここはかなり大変でした。とくに半透明でヌメヌメした質感を出そうと思ったらレンダリングがかなり重くなってしまって……。レンダラーは「Redshift」を使ったんですが、プロキシファイルを工夫したりしました。
 

 
高岸
CG空間上で透明のものを動かす場合、光の透過を計算するのがすごく大変。とくにこれはキノコのヒダの影など、繊細な光の加減を計算するのにものすごく時間がかかるケースです。軽くすればノイズが出てチラつくので、それを消す作業をずっとやってました。
 
中路
でもそのおかげで、こうやって静止画として見ても本当に美しい。動画としてはあり得ないくらい。……次の動物のシーンは高岸くんですか? シカの耳の中まで毛が生えていてすごい。
 

 
高岸
そうです。イノシシ、ヘビ、シカ。ヘビはウロコだからいいですが、ひたすら動物に毛を生やす作業をやってましたね。そのおかげで、息子の髪の毛を切る時に流れやシルエットが想像できるようになりましたよ(笑)。
 
動物解体、走る炎……複雑極まるシーンの苦労話
 
中路
前半はモノクロっぽい印象でしたが、後半から色味が出てくる構成にしています。“縄文時代”と聞くとどうしてもモノクロとかセピア色の先入観で考えてしまうけど、当時の人たちは僕らと同じ光で色を見ていたはず。そこで、後半へ行くにつれてアクティブに動きながら彩度を鮮やかにしていきました。
次の土器が焼けるところも、アングルをかなりやり直してもらいました。寄って見た時に爪や牙、植物のツルや環形動物に見える部分の表現や、土器であることをアピールするにはどうしたらいいか話し合って……とくに焼けている表現については、真栄城くんの努力のおかげだと思います。
 

 
真栄城
ひび割れて内部発光しているようにしたいと思い、画としての説得力が高まるように明るさの加減などを注意しましたね。
 
高岸
次がクマの顔のアップ。アニメーションは久保池さんにつけてもらって、毛は僕が生やしました。
 

 
久保池
前半はカットごとに担当を分けていたのが、ここからは作業ごとに担当を割り振りながらの作業になりましたね。
 
中路
そして、問題はここから。動物が内側から破裂して、中から内臓的なものが飛び出てくる。僕としては血や内臓をリアルに描くというよりは、「神の使いから命をいただく」ということを伝えたかった。最初は骨が見えているゾンビのような感じでコンテを描いたんですが、縄文土器の特徴である流体のようなエネルギーのラインが渦を巻きながら一つになり、命に対する祈りやおそれの象徴として現れてくる様子を表現したいとお願いして。殺した動物が実は神であり、神聖な存在であることが伝わるように作ってもらいました。
 


 
高岸
これは正直、めちゃくちゃ大変なことをやってます(笑)。まず毛を生やしておいて、ただ割れるだけのシミュレーションを作る。内臓を表すエネルギー体は別でシミュレーションして動かしてます。そこに、内側から破ける動きをシミュレーションしたものを、最終的に干渉し合うようにまたシミュレーションして。何回も繰り返しシミュレーションしたのを覚えてますね。
 
中路
次が、オオカミが燃えて走っていくシーン。ここは、うまくバランスを取りたいという話を何回かした気がする。結果的にオオカミと炎の両方がいい感じになったと思います。
 

 
高岸
ここも大変でしたね。燃える生き物って表現として非常に難しい。この場合は内部発光して火が漏れて、それでいて燃えすぎずに毛は黒いという表現ですが、3人でひたすら「オオカミ 燃えてる」で検索して(笑)、結局、どれも微妙だねという話になった。これに限らず、動物のアニメーションは真栄城くんが作ってくれていますが、別のソフトでアニメーションさせたものをHoudiniへ持ってきて、久保池さんと僕が毛や炎をシミュレーションする作戦で進めました。
 
久保池
ここはずっとシミュレーションしてました。動物が動くアニメーションに対して普通に火を付けると、炎が自然に尾を引かずに変な挙動になってしまう。かといって、全体を燃やすと全体が黄色い物体になってしまうんです。
 
真栄城
それだと単に炎の塊が動いている感じになって、どうしてもファンタジーっぽくなっちゃう。そう見えないようにするには、動きの加減も重要でしたね。
 
高岸
この頃になると、だんだん時間がなくなってきて。「あと1カ月しかない、間に合わない!」という感じだったのを覚えています。だけど、中路さんにはそのことは黙ってました(笑)。
 
中路
それは、僕に言ってもどうにもならないからだよね(笑)。そして最後の縄文土器のシーン。見る人にとっては、これまで描かれてきたさまざまな要素がここでようやく一つにつながってくる。土のテクスチャーがおどろおどろしくてすごいけど、これは元々あるモデルにマテリアルを付けたもの?
 

 
高岸
そうですね、焚き火の中の炭が部分的に発光しているようなイメージです。ここも地味に大変でした。時間が限られていたことを考えても、「この表現しかない」という形になったと思います。
 
妥協なき熱意でたどり着いた圧巻の地平
 
中路
こうやって振り返ってみても、僕にとってはずっと温めてきたアイデアを一気に集約して吐き出す機会だっただけに、我慢してきたぶんの“倍返し”的な作品になっていると思います(笑)。
 
高岸
自分の殻を突き破るような、チャレンジングな行為が詰まっていますよね。そういえば最初の頃は、中路さんのコンテの冒頭のシミュレーションを延々やっていました。クマの口の中を内側から突き破っていくんですが、途中で「これ、動物愛護団体に怒られますよ」って相談しましたよね。クライアントワークでは絶対にできない表現だっただけに、あのままやった方がよかったですか?
 
中路
最初は毛皮が全部剥がれてドクロになるイメージだったけれど、インパクトが強くなりすぎて「これをやりたくて作品を作ったのか」と思われるのは癪(しゃく)だなと。そう考えると、バランスを取ってもらってよかったと思います。
それに限らず、例えやり方が間違っていても突っ切って、「とにかくやり切るんだ」というモチベーションを注ぐことができたのは、すごくよかった。そもそも、ここまで静止画がきれいなのは本当にすごい。これだけ作り込めば誰が見ても「うおっ!」ってなるんじゃないか。クマの口が開くところとか、ブラーをかけてごまかさずにクマの毛をびっしり生やして、唇のテカりもしっかり見えていて……本当に格好いい。
 
高岸
動画としてよりも、1フレームをどう表現するかという意気込みの塊のような作品になっていますよね。その点では、CM出身のメンバーが多いだけに、作り込みの力が発揮されたのかなと思います。
 
真栄城
どのシーンも、作っていて飽きなかったですね。「次はこれか、どうやって作ろう?」という感じで毎回、新しい気持ちで取りかかることができました(笑)。
 

 
久保池
思い出深いのはやっぱり、1カ月くらいかけたキノコのカットですね。最初はスケールで大きくさせるだけの予定だったのが、途中で「成長させたい」って言われて。そこが難しかったけれど、ひたすら方法を突き詰めて、本当に贅沢な時間でした。
 
中路
本当にもったいないくらいの労力を費やしているけれど、僕としてはソフトがどんどん進化していくなかで、今から何年経ってもしっかり映像表現として成立するものを作りたい。だからこそ、このチームで丁寧に作り込んだことは、ちゃんと評価されるはずだと思っていますね。
 
佐々木(WOW PRチーム)
WOWのディレクターは個人主義的なイメージが強くて、一人で作品を完成させることが多いのかなと思っていたんですが、こうやって分業することもあるんですね! その上で、抽象的なオーダーに対して「もっと詳しく指示してくれよ」と思うことも多かったと思うんですが、そこをぐっと抑えて制作に臨むことができたのは何故でしょう?
 
高岸
いや、ぐっとこらえたことは一度もなかったですよ(笑)。僕の場合は、説明書きがあればその通りにしますが、基本的には自分の中で「こんな感じかな」と読み解きながら作ってみる。今回は特にそういう憶測の連続でしたね(笑)。
 
一同
(笑)。
 
中路
ディレクターによっては、コンテで0.何秒ごとに細かく言語化する人もいるけれど、僕はそうじゃないから……。でも個別に見ても、誰かの我が強く出てるシーンは一つもない。僕としても「絶対こうだ」という言い方じゃない方が、より良い解決につながると思うし、何よりこの3人が見事に作り上げてくれた。チームとして、みんなの経験値がうまくミックスされてできあがった作品なのは間違いないと思います。ありがとうございました!
 
 
<Interview & Text : Keita Fukasawa>

Epilogue

太古から脈々と受け継がれてきた日本人の精神文化ーー。縄文をキーワードにお届けしたVol.1 コンセプト篇に続いて、作品制作に懸けたチームの妥協なき想いをひも解いたVol.2 CG制作篇。実はこの作品は、WOW設立25周年展示プロジェクトの一環として発表されたもの。本記事を通して、映像表現の中に息づくWOWの故郷・東北の精神風土や、一人ひとりの表現者魂など、呼応し合うさまざまな要素を感じ取っていただけたなら幸いです。

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