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うつし

Concept

神社の神事である大祓で使われる「形代」をテーマにしたAR作品

 

毎年6月の水無月大祓式と12月の師走大祓式の2回に分けて、人々は半年間の健康と安全を願います。形代で体を撫でて息を3回吹きかけることで、自身についた穢れや厄を形代に移し、茅の輪を通って神社に納められます。本作では、体験者がiPadを手に茅の輪を潜ると、無数の形代が飛び回る異空間を歩く体験をすることができます。8の字で茅の輪を潜る、近づき穢れを祓う、地上の川へと流れていくなど体験者に代わりに形代が神事で行う動きをしてより理解を深められるような体験になっています。

 

 

Director : Yuki Saito
Programmer : Seiya Takasawa / Keita Abe
Special thanks 株式会社行方植物園

 
 

 

いのりのはなし
今回、私たちはこの作品を通して様々なリサーチやフィールドワークを行いました。

 

大祓 茅の輪くぐりと形代

 

作品の解説
神社の神事である大祓(おおはらい)で使われる形代(かたしろ)をテーマにしたAR作品。体験者がiPadを手に茅の輪(ちのわ)をくぐると、無数の形代が異空間を飛び回り、穢(けが)れをうつされたいくつもの形代が川へ流されて清められるなど、形代が大祓で行う一連を仮想空間で可視化した作品です。
 
神道では、穢れは日常生活の中で蓄積されていくものとして考えられています。そのため、たまった穢れを祓うために年に2回、6月と12月に大祓という神事が行われます。6月に行われる大祓を「夏越の祓(なごしのはらい)」と呼び、年の初めの半年間で溜まった穢れを祓い、無事に夏を乗り越えられるようにと願い、残り半年を無事に過ごせるように祈ります。12月に行われる大祓は「年越しの祓(としこしのはらい)」と呼び、一年を無事に過ごせた感謝と、新しい年が良い年になるように祈ります。
 
大祓で穢れを祓う儀式としてポピュラーなのは、「茅の輪くぐり」と「形代」です。茅の輪くぐりは、茅(かや)や藁(わら)で作られた直径数メートルの輪の中を、大祓詞(おおはらえのことば)を唱えながら8の字で3回くぐることで、溜まった穢れや厄災を茅の輪にうつし清めるとされています。形代は、白い紙を人の形に切ったもので、「人形(ひとがた)」とも呼ばれます。形代で自分の体を撫(な)で、3回息を吹きかけることで自分に溜まった穢れを形代にうつします。形代を清らかな水に流すことで穢れを浄化し、次の半年の無病息災を願います。
 
※茅の輪くぐりも形代も、神社によって形式が異なることがあります。

 

 

茅の輪の伝承
茅の輪くぐりは、スサノオノミコトの神話に由来するといわれています。スサノオノミコトが旅の途中、蘇民将来(そみんしょうらい)と巨旦将来(きょたんしょうらい)という兄弟に宿を求めました。初めに生活が豊かだった弟の巨旦将来の元へ行きますが、スサノオノミコトは粗末な身なりだったため、巨旦将来はスサノオノミコトを家に入れませんでした。これを見ていた兄の蘇民将来は、貧しいながらもスサノオノミコトを家に招き入れ歓迎しました。数年後、スサノオノミコトが再び蘇民将来の元を訪れます。そして、疫病から逃れるために茅の輪を腰につけるようにと教えました。その後、疫病が村を襲いますが、蘇民将来は難を逃れました。以来、無病息災を祈願するために茅の輪を腰につけていたものが、江戸時代を迎える頃に、現在のように大きくなりくぐり抜ける様式になったといわれています。時代が進み、コミュニティー規模の変化により、いのりの対象物の大きさや体験人数が変化することは、いのりという文脈を継承しつつ、いのりの媒介はアップデートしているとも考えられ、私たちのプロジェクトとも通じるようで興味深くもあります。

 

依り代信仰
私たちがまず着目したのは、自分に降りかかる病や不幸を代わりに受けてもらう、または防いでくれる依(よ)り代の存在と、健康や安全を願う日本の文化や考え方です。代表的な例としては、こけしが挙げられます。子どもがこけしを背負うことで魔よけの役割を担うと考えられていたそうです。また、東北地方では「切り紙」といわれる神棚飾りがあり、神様が宿る、神様とつながると考えられています。全国的な例では、獅子舞も挙げられます。疫病を退治し、頭をかむことでその人についている邪気を食べるとされています。ほかにも、集落の境や村の中心にある大きな石や岩などは神の宿る依り代として人々から祀(まつ)られる対象となっていました。
 
これらのリサーチを通して、自分の穢れを受けてくれる存在、そして紙を使用する文化として「形代」にフォーカスしました。

 

 

茅の輪の製作
大祓を体験してもらうにあたって形代はもちろん茅の輪もなくてはならない存在です。
茅の輪の製作について、さまざまなリサーチをしましたが、茅の輪は各神社の氏子たちが地域のコミュニティーの中で毎年制作しているもので、統一した作り方がありませんでした。
そこで私たちは、仙台市宮城野区の榴岡天満宮に茅の輪を納めている株式会社行方植物園を取材しました。どのように組み立てられているのか、どういった素材で作られているのかを間近で教わりました。

 

 

ちょうど夏越しの大祓の時期だったので、榴岡天満宮を実際に訪れて茅の輪の撮影も行いました。

 

 

展示では今までリサーチした内容を踏まえ、ARに適した作り方に変更した茅の輪を株式会社行方植物園の職人さんと宮城大学の学生さんに協力してもらい組み立てました。

 





 

体験のデザイン

 

心地よい動きの探求
本作ではARで大祓という神事を形代と共に体験してもらいます。具体的な世界観をつくっていくために、まずは体験してもらう大祓の内容を整理しました。
 
1. 形代を用意する(本来はここで大祓詞の宣読などを行います)
 
2. 茅の輪を8の字にくぐる
 
3. 形代を川へ流して浄化する

 

 

茅の輪をくぐる前は、自身に厄がついている穢れの世界です。形代に厄をうつして茅の輪をくぐった後は、穢れは川へ流れ、厄が祓われた浄化の世界になります。2つの世界は茅の輪を境界に分かれているため、この考え方をARにも取り入れました。

穢れは日常生活で自身に蓄積されることから、iPadの画面上には現実と同じような世界が広がっています。茅の輪をくぐると、穢れをうつされた形代が飛び回る世界へと切り替わるようにしました。また、茅の輪をくぐるように誘導するため、体験者には茅の輪が2つの世界の境界であること認識させるワームホールのように別世界が見えるように演出しました。

 

 

プロジェクトの初期は、デザイナーが考える「うつし」の世界観がどのように作品に命を吹き込むのかを、少しずつ探っていく作業が必要でした。
まだ作品名となる「うつし」という言葉も形代のデザインもなかったため、キーワードである「形代」「神社」「川」と「大量の形代が飛び回る」というフレーズを参考に一つのアプリを組み上げました。
最初の一歩となるこのアプリは、コンピューターの処理能力を度外視して、ただやりたいことだけを詰め込んだデッサンのようなものでしたが、デザイナーとプログラマーが「うつし」の世界のディティールを決めるのに役立ってくれました。

 

 

作品の命ともいえる形代の実装について紹介します。
デザイナーから共有された形代のイメージは、大量の形代が宙を舞うビジュアルでした。Unityではそのようなプランに最適なVisual Effect Graph (VFX Graph)というGPUパーティクルがあります。このVFX Graphは、コードを打ち込む必要がなく、パッチを線でつなぎ合わせるだけでパーティクルを定義できます。iPadで大量の形代を出現させても処理落ちしにくく、美しい有機的な動きを表現するために、VFX Graphを複数組み合わせて作品に実装しました。パーティクルを見ながら質感や動きを調整していく作り方に非常に合っているシステムです。

VFX Graphを使って形代の表現にも手を加えていきました。初期の形代は、形を変えず、まるで紙飛行機のように直線的に宙を舞うプランでしたが、このアイデアを煮詰めていくうちに、体験者が形代に穢れをうつした後は、形代が生き物のように動いたら面白いだろうと、鳥の羽ばたきのエッセンスも加えました。

 

 

霧の表現もVFX Graphで実装しています。この作品では茅の輪をくぐる前と、くぐった後の異世界を明確に区別したいという思いがありました。体験者に異世界を感じてもらうため、霧の表現は薄い靄(もや)ではなく、まるで高い山に発生する雲のような霧を目指して作り込んでいます。環境を暗くする効果や、足元に水面を設置する効果も加えることで、「茅の輪の向こうにある世界」の異質さを表現しました。この時に水面のディテールを調整することが、この作品の一番の難所となりました。

 

 

ARを組み込む際にはデザイナーに宮城大学の建築モデルを作成してもらって位置を調整しました。建築モデルを見ながら、階段に立ち上る霧の設置や水面の長さなどを計算しました。形代が実際の壁に激突した時に消滅する処理など、ARの実装を考える上で建築モデルは非常に重要でした。

 

ARの実装
ARの実装は2種類のライブラリを使用しました。テスト用は、ARマーカーだけでコンテンツを再生できるようにUnityのARFoundationを使いました。本番用は、なるべく技術要素をビジュアルから隠したかったため、Immersalという空間認識ライブラリを使用しました。Immersalはあらかじめ空間全体の写真を撮影し、その特徴点から自身のカメラの位置を推定できるため、マーカーを使わずに特定の位置にARを表示できます。

 

Immersalで撮影した特点群データ

 


 

モバイルデバイスのARはトラッキング精度が高くないため、その粗が目立ちしそうな演出はなるべく避けるよう、あらかじめ演出について細かいところまでデザイナーと話し合いました。
実装面では、体験者が違和感を抱かないように、実物のオブジェクトとの前後関係を破綻させない、境目部分を極力シームレスにつなげる、トラッキングのずれが目立ってしまう部分にはフェードを入れることなどを徹底しました。
現地で実際にARを確認しながら細かい調整ができるように、エフェクトの値をリアルタイムに変更できるデバッグ画面も実装しました。

 

デバッグ画面

 

 

最後に
本作では大祓をテーマに、実際に使われる茅の輪の制作と、ARを用いた表現によって、背景にあるストーリーをビジュアル化しました。
長年受け継がれてきた神事やいのりの道具の背景について調べ、考えることは、制作にとって豊かなインスピレーションの源であることを感じました。

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