Project
いのりのかたち
Concept
日本の祈りの文化をテーマにしたWOWのオリジナルプロジェクト「いのりのかたち」。本プロジェクトは、東北の伝統文化を現代的な表現で再発見するインスタレーション作品「BAKERU」や「POPPO」を発表してきたWOWが、伝統的な「祈り」とその「形」に関するフィールドワークを行い、そこで学んだ情報をもとにオリジナル作品を制作するリサーチプロジェクトです。
古来、人は目に見えない物や自然現象に畏怖の念や感謝を抱き、それにさまざまな形を与え共生してきました。今も残る形の意味に目を向けると、そこからは先人の豊かな精神性が見えてきます。「いのりのかたち」は、現代を生きる私達が、日常生活の中で意識することが少なくなった伝統文化に現代的なメディア表現を通して触れることで、新たな気づきや発見を得ることを目的とするプロジェクトです。
プロジェクト背景
祈りは太古の昔から、さまざまな時代、場所で行われてきた。芸能、工芸、祭り、絵画、風習、食事、音楽、建築。人々の「祈り」は、さまざまな形を得ることで多くの人に浸透し、時を超えて受け継がれてきました。その形には、地域文化の特徴を色濃く反映したものや、時と場所を越えて共通性を持ったものもあります。現在も何かを祈るシーンは多く存在しますが、その背景にある文化を意識する機会は多くありません。私たちは今も身の回りにある祈りの「形」を通して、連綿と受け継がれてきた精神性とその背景にある文化を今一度見つめ直してみようと考えました。
プロジェクト内容
古くから祈りと関わりを持つ「形代(かたしろ)」「文様(もんよう)」「山」「酒」をテーマに、リサーチやフィールドワークを行い、最終的に4つのインスタレーション作品を制作。一連のプロセスは映像で記録し、それらを映像作品としてオンラインで公開します。
また、本プロジェクトでは、宮城大学 DESIGN STUDY CENTERと連動して、祈りにまつわる幅広いトピックについて大学とともにリサーチを深めました。

うつし
神社の神事である大祓で使われる「形代」をテーマにしたAR作品 毎年6月の水無月大祓式と12月の師走大祓式の2回に分けて、人々は半年間の健康と安全を願います。形代で体を撫でて息を3回吹きかけることで、自身についた穢れや厄を形代に移し、茅の輪を通って神社に納められます。本作では、体験者がiPadを手に茅の輪を潜ると、無数の形代が飛び回る異空間を歩く体験をすることができます。8の字で茅の輪を潜る、近づき穢れを祓う、地上の川へと流れていくなど体験者に代わりに形代が神事で行う動きをしてより理解を深められるような体験になっています。 Director : Yuki Saito Programmer : Seiya Takasawa / Keita Abe Special thanks 株式会社行方植物園 いのりのはなし 今回、私たちはこの作品を通して様々なリサーチやフィールドワークを行いました。 大祓 茅の輪くぐりと形代 作品の解説 神社の神事である大祓(おおはらい)で使われる形代(かたしろ)をテーマにしたAR作品。体験者がiPadを手に茅の輪(ちのわ)をくぐると、無数の形代が異空間を飛び回り、穢(けが)れをうつされたいくつもの形代が川へ流されて清められるなど、形代が大祓で行う一連を仮想空間で可視化した作品です。 神道では、穢れは日常生活の中で蓄積されていくものとして考えられています。そのため、たまった穢れを祓うために年に2回、6月と12月に大祓という神事が行われます。6月に行われる大祓を「夏越の祓(なごしのはらい)」と呼び、年の初めの半年間で溜まった穢れを祓い、無事に夏を乗り越えられるようにと願い、残り半年を無事に過ごせるように祈ります。12月に行われる大祓は「年越しの祓(としこしのはらい)」と呼び、一年を無事に過ごせた感謝と、新しい年が良い年になるように祈ります。 大祓で穢れを祓う儀式としてポピュラーなのは、「茅の輪くぐり」と「形代」です。茅の輪くぐりは、茅(かや)や藁(わら)で作られた直径数メートルの輪の中を、大祓詞(おおはらえのことば)を唱えながら8の字で3回くぐることで、溜まった穢れや厄災を茅の輪にうつし清めるとされています。形代は、白い紙を人の形に切ったもので、「人形(ひとがた)」とも呼ばれます。形代で自分の体を撫(な)で、3回息を吹きかけることで自分に溜まった穢れを形代にうつします。形代を清らかな水に流すことで穢れを浄化し、次の半年の無病息災を願います。 ※茅の輪くぐりも形代も、神社によって形式が異なることがあります。 茅の輪の伝承 茅の輪くぐりは、スサノオノミコトの神話に由来するといわれています。スサノオノミコトが旅の途中、蘇民将来(そみんしょうらい)と巨旦将来(きょたんしょうらい)という兄弟に宿を求めました。初めに生活が豊かだった弟の巨旦将来の元へ行きますが、スサノオノミコトは粗末な身なりだったため、巨旦将来はスサノオノミコトを家に入れませんでした。これを見ていた兄の蘇民将来は、貧しいながらもスサノオノミコトを家に招き入れ歓迎しました。数年後、スサノオノミコトが再び蘇民将来の元を訪れます。そして、疫病から逃れるために茅の輪を腰につけるようにと教えました。その後、疫病が村を襲いますが、蘇民将来は難を逃れました。以来、無病息災を祈願するために茅の輪を腰につけていたものが、江戸時代を迎える頃に、現在のように大きくなりくぐり抜ける様式になったといわれています。時代が進み、コミュニティー規模の変化により、いのりの対象物の大きさや体験人数が変化することは、いのりという文脈を継承しつつ、いのりの媒介はアップデートしているとも考えられ、私たちのプロジェクトとも通じるようで興味深くもあります。 依り代信仰 私たちがまず着目したのは、自分に降りかかる病や不幸を代わりに受けてもらう、または防いでくれる依(よ)り代の存在と、健康や安全を願う日本の文化や考え方です。代表的な例としては、こけしが挙げられます。子どもがこけしを背負うことで魔よけの役割を担うと考えられていたそうです。また、東北地方では「切り紙」といわれる神棚飾りがあり、神様が宿る、神様とつながると考えられています。全国的な例では、獅子舞も挙げられます。疫病を退治し、頭をかむことでその人についている邪気を食べるとされています。ほかにも、集落の境や村の中心にある大きな石や岩などは神の宿る依り代として人々から祀(まつ)られる対象となっていました。 これらのリサーチを通して、自分の穢れを受けてくれる存在、そして紙を使用する文化として「形代」にフォーカスしました。 茅の輪の製作 大祓を体験してもらうにあたって形代はもちろん茅の輪もなくてはならない存在です。 茅の輪の製作について、さまざまなリサーチをしましたが、茅の輪は各神社の氏子たちが地域のコミュニティーの中で毎年制作しているもので、統一した作り方がありませんでした。 そこで私たちは、仙台市宮城野区の榴岡天満宮に茅の輪を納めている株式会社行方植物園を取材しました。どのように組み立てられているのか、どういった素材で作られているのかを間近で教わりました。 ちょうど夏越しの大祓の時期だったので、榴岡天満宮を実際に訪れて茅の輪の撮影も行いました。 展示では今までリサーチした内容を踏まえ、ARに適した作り方に変更した茅の輪を株式会社行方植物園の職人さんと宮城大学の学生さんに協力してもらい組み立てました。 体験のデザイン 心地よい動きの探求 本作ではARで大祓という神事を形代と共に体験してもらいます。具体的な世界観をつくっていくために、まずは体験してもらう大祓の内容を整理しました。 1. 形代を用意する(本来はここで大祓詞の宣読などを行います) 2. 茅の輪を8の字にくぐる 3. 形代を川へ流して浄化する 茅の輪をくぐる前は、自身に厄がついている穢れの世界です。形代に厄をうつして茅の輪をくぐった後は、穢れは川へ流れ、厄が祓われた浄化の世界になります。2つの世界は茅の輪を境界に分かれているため、この考え方をARにも取り入れました。 穢れは日常生活で自身に蓄積されることから、iPadの画面上には現実と同じような世界が広がっています。茅の輪をくぐると、穢れをうつされた形代が飛び回る世界へと切り替わるようにしました。また、茅の輪をくぐるように誘導するため、体験者には茅の輪が2つの世界の境界であること認識させるワームホールのように別世界が見えるように演出しました。 プロジェクトの初期は、デザイナーが考える「うつし」の世界観がどのように作品に命を吹き込むのかを、少しずつ探っていく作業が必要でした。 まだ作品名となる「うつし」という言葉も形代のデザインもなかったため、キーワードである「形代」「神社」「川」と「大量の形代が飛び回る」というフレーズを参考に一つのアプリを組み上げました。 最初の一歩となるこのアプリは、コンピューターの処理能力を度外視して、ただやりたいことだけを詰め込んだデッサンのようなものでしたが、デザイナーとプログラマーが「うつし」の世界のディティールを決めるのに役立ってくれました。 作品の命ともいえる形代の実装について紹介します。 デザイナーから共有された形代のイメージは、大量の形代が宙を舞うビジュアルでした。Unityではそのようなプランに最適なVisual Effect Graph (VFX Graph)というGPUパーティクルがあります。このVFX Graphは、コードを打ち込む必要がなく、パッチを線でつなぎ合わせるだけでパーティクルを定義できます。iPadで大量の形代を出現させても処理落ちしにくく、美しい有機的な動きを表現するために、VFX Graphを複数組み合わせて作品に実装しました。パーティクルを見ながら質感や動きを調整していく作り方に非常に合っているシステムです。 VFX Graphを使って形代の表現にも手を加えていきました。初期の形代は、形を変えず、まるで紙飛行機のように直線的に宙を舞うプランでしたが、このアイデアを煮詰めていくうちに、体験者が形代に穢れをうつした後は、形代が生き物のように動いたら面白いだろうと、鳥の羽ばたきのエッセンスも加えました。 霧の表現もVFX Graphで実装しています。この作品では茅の輪をくぐる前と、くぐった後の異世界を明確に区別したいという思いがありました。体験者に異世界を感じてもらうため、霧の表現は薄い靄(もや)ではなく、まるで高い山に発生する雲のような霧を目指して作り込んでいます。環境を暗くする効果や、足元に水面を設置する効果も加えることで、「茅の輪の向こうにある世界」の異質さを表現しました。この時に水面のディテールを調整することが、この作品の一番の難所となりました。 ARを組み込む際にはデザイナーに宮城大学の建築モデルを作成してもらって位置を調整しました。建築モデルを見ながら、階段に立ち上る霧の設置や水面の長さなどを計算しました。形代が実際の壁に激突した時に消滅する処理など、ARの実装を考える上で建築モデルは非常に重要でした。 ARの実装 ARの実装は2種類のライブラリを使用しました。テスト用は、ARマーカーだけでコンテンツを再生できるようにUnityのARFoundationを使いました。本番用は、なるべく技術要素をビジュアルから隠したかったため、Immersalという空間認識ライブラリを使用しました。Immersalはあらかじめ空間全体の写真を撮影し、その特徴点から自身のカメラの位置を推定できるため、マーカーを使わずに特定の位置にARを表示できます。 Immersalで撮影した特点群データ モバイルデバイスのARはトラッキング精度が高くないため、その粗が目立ちしそうな演出はなるべく避けるよう、あらかじめ演出について細かいところまでデザイナーと話し合いました。 実装面では、体験者が違和感を抱かないように、実物のオブジェクトとの前後関係を破綻させない、境目部分を極力シームレスにつなげる、トラッキングのずれが目立ってしまう部分にはフェードを入れることなどを徹底しました。 現地で実際にARを確認しながら細かい調整ができるように、エフェクトの値をリアルタイムに変更できるデバッグ画面も実装しました。 デバッグ画面 最後に 本作では大祓をテーマに、実際に使われる茅の輪の制作と、ARを用いた表現によって、背景にあるストーリーをビジュアル化しました。 長年受け継がれてきた神事やいのりの道具の背景について調べ、考えることは、制作にとって豊かなインスピレーションの源であることを感じました。

文様
伝統的な染の技法をモチーフに「文様」をテーマにした体験型インスタレーション作品 昔の人々は自然の力強さや美しさに縁起の良い意味をかけ合わせ、それを身に纏うことで自分や相手の幸せを祈りました。植物や水、光をモチーフに作られた文様は、自然と身近に生きていた昔の人々が自然からいただいた祈りの形です。本作品では、実際の引染めの手法を用います。刷毛で布を染色すると文様が浮かび上がり、その文様が動き出します。伝統的な染の技法とデジタル技術を組み合わせ、文様の装飾としての魅力はもちろん、現代ではあまり意識しなくなった自然とのつながりや由来など、新しいいのりのかたちを体感できるインスタレーションです。 Director / Designer Mayu Kobayashi Director / Programmer Yuya Umeta Programmer Seiya Takasawa Special thanks 株式会社永勘染工場 いのりのはなし 今回、私たちはこの作品を通して様々なリサーチやフィールドワークを行いました 文様といのり 作品の解説 本作品は、伝統的な引き染めの技法とデジタル技術を組み合わせ、文様の装飾としての魅力はもちろん、現代ではあまり意識しなくなった自然とのつながりや由来など、新しい「いのりのかたち」を体感できるインスタレーション作品です。文様の型が投影された布に、体験する人がはけを使って色を塗っていきます。塗り進めると、色が広がっていき、布全体が染まっていきます。その後、さまざまな祈りや願いが込められた文様が、命が吹き込まれたように動き出します。 文様に込められたいのり 文様とは物の表面を飾るために人工的に付けた模様のことです。日本には古くから使われてきたたくさんの伝統文様が存在します。最近では目にする機会はあまりないように思われがちですが、結婚式や成人式の着物であったり、手拭いや財布などの小物にあしらわれていたりと、日本っぽさを感じられる「和柄」として今も私たちの生活の中に根付いています。 文様の特徴はシンプルなモチーフの反復構造です。自然界の事象や生物の特徴を、線や図形で構成した幾何学的な単位で表現し、それらを回転・対称・並行を用いて敷き詰めます。これにより、規則的に並んだモチーフの整然たる美しさ、モチーフを単体で捉えたときと複製された文様として捉えたときの印象の違いなど、デザイン的に優れた効果を生み出しています。この文様の反復構造にはデザイン的な側面だけでなく、さまざまな願いが込められています。モチーフの繰り返しは、途切れることなくどこまでも続くことから「永劫(えいごう)」「継続」の意味が込められています。また、モチーフ自体にもそのものの由来に沿った願いが込められています。 本作品で取り上げた青海波(せいがいは)・麻の葉・矢絣(やがすり)にはそれぞれに興味深い願いが込められています。「青海波」は文字通り海の波を表しています。広大な海で無限に続く穏やかな波に未来永劫と平安を重ねた、「穏やかな暮らしがいつまでも続くように」という意味があります。「麻の葉」は生命力が強く成長が早い植物であることから「健やかにすくすくと育つように」という意味があり、昔は赤ちゃんの産着に使われていたようです。「矢絣」は射った矢が真っすぐに飛んで戻ってこないことから、結婚の際に矢絣の着物を持たせて「後戻りせず真っすぐ進んでいくように」という意味が込められています。 文様は冒頭でも記述した通り、着物や帯、手拭いや小物など人々が生活の中で身に着けるものの装飾によくあしらわれています。それは文様の持つ高いデザイン性だけではなく、そこに込められた願いにも影響されていると考えます。昔の人々は身近にあった自然の事象や生物に力強さや美しさを見いだし、それに縁起の良い意味を掛け合わせ文様を作りました。そしてそれを身にまとうことで自分や相手の幸せを祈ります。私たちは本作品を制作するにあたり、文様とはその成り立ちや使われ方から、昔の人々の生活の中から生まれたいのりのかたちであると考えました。 いのりを表現するために 文様のリサーチにより、これまで単に柄として見ていた文様の一つ一つに意味があることが分かりました。この意味を知ることで文様をモチーフ単位で捉えたり、自然との結びつきを考えたりできるようになるなど、文様の見え方が広がりました。これにより、「現代ではあまり意識しなくなった文様の由来や自然とのつながりを体験できる作品」というテーマが決まりました。 どのような体験するのかを考える際、重要となったのが「動き」です。私たちが普段の生活の中で目にする文様は、布に染められたり印刷されたりと静止画の状態です。文様の意味には自然界の事象(波や植物の成長)や身の回りの事柄(伝統行事や風習)を基にしているものが多く、そこには動きや所作が関係してきます。この「動き」を捉えることで文様の由来や自然とのつながりを体験できる作品になるのではないかと考えました。そこで「文様の意味(由来)をアニメーションで表現する」という作品の方向を定めました。 アニメーションはまず基本となるガイドラインを設けて、そこから有効そうな動きを模索していきました。ガイドラインとして定めたことは3つです。1つ目は文様のモチーフ(柄の単位となる図形)を崩さないこと。2つ目は文様の意味(由来)を基にした動きであること。3つ目は見ていて心地の良い動きや変化が面白い動きを目指すことです。ここで難しかったのが2と3のバランスです。文様の意味を直接的に表現し過ぎてしまうと説明的なアニメーションになってしまい、面白い表現を求め過ぎると文様の伝えたいことが薄れてしまいます。このアニメーションのバランスが作品の体験の部分で重要な要素になるため、時間をかけて検討しました。 いのりをかたちにする「引き染め」 文様と引き染め 作品の体験要素として「布を染める」という行為があります。本作品で使用しているのは「引き染め」といわれる技法で、作品のビジュアルでも見られるように長い布の両端を木の柱に結んで固定し、はけを使って布に染料を塗っていきます。布には文様を出したい部分にのりで型取りがされており、染料を塗った後で布を洗い流すとのりの部分には染料がのらずに文様が現れるという仕組みです。この技法は宮城県の工芸品である「常盤紺型染(ときわこんがたぞめ)」という染め物から着想を得ました。 「文様」と「染める」行為には切り離せない関係があると考えます。真っ白な布にのりを置き、はけで染料をのせて文様を浮かび上がらせ、その布から着物や手拭いに形を変え、使用する場面や目的に合わせた文様が人々の手に渡ります。「染める」ことで文様は人とつながり、込められた願いを発揮します。そのことから、「染める」という行為はこの作品にとって願いを込める工程であり、染める行為をする人はその文様を目にする誰かへ願いを届ける人であると捉えました。この一連の工程から生み出される文様は、いのりのかたちの一つなのではないかと思います。 引き染めの見学 色が塗られていくアニメーションと、作品の展示のヒントを得るために、永勘染工場にご協力いただき、引き染めの一連の工程を見学しました。 ・のり置き : 染め物の図版の形に、もち米・ぬか・塩などを混ぜた「防染のり」を布に密着させます。 ・染色 : 張木(はりぎ)と伸子(しんし)を使い、しわができないように空中に布を張ります。刷毛と染料でリズムよく布を染めます。 ・水元 : 最後に、のりや余分な染料を水で落とします。 これらの工程を経て、型と布地との境界がはっきりとした、染め物が出来上がります。 この日の取材では、引き染めの工程に加えて、工場で保管されている紙製の型を見せていただいたり、布の固定方法など、展示についてのアドバイスを頂いたりしました。 実際に、引き染めの工程を見ることで、のりのテクスチャや染色しているときのはけと布がこすれる音など、書籍やウェブサイトにはないさまざまな知見を得ることができました。 デジタル表現で動き出す文様 心地よい動きの探求 本作品は、布に対して文様の映像を投影し、はけを持って布をこすると、映像の中の文様に色が塗られます。はけを持った手の動きを測域センサーが捉え、位置を追跡します。手の位置をUnityに送信して、CG上のテクスチャに色を塗ります。一定の面積を塗ると、色が広がり、文様のアニメーションが始まります。 文様一つ一つのアニメーションはシェーダーで作りました。波の細かさ、速さ、線の太さなどのパラメータを設定し、1種類の文様でたくさんのバリエーションが生まれるようにしました。 文様全体のアニメーションは、パーティクルとして制御しました。波全体の動き、風に吹かれる麻の葉の動き、矢の飛ぶ速度は乱数や物理演算などを利用し、演出ごとランダムに変化させています。 ランダムな値の範囲やアニメーションの組み合わせは、何度も投影検証を重ね、「ずっと見ていられるアニメーション」や「見ていて心地よい速度と変化」を目指して、調整しました。 動かすことで見えたもの 本作品の記録撮影は、取材に引き続いて、永勘染工場の実際の作業場をお借りして行いました。壁などの平面への投影とは違い、布の自重によって投影面がゆがみます。また、作業場の構造に合わせてプロジェクターを設置するので、位置や角度に制限があります。これらに対応するために、投影面に合わせてアプリ側で映像を補正しました。 大まかな台形補正はプロジェクターでできますが、最終的には地道な手作業で行いました。撮影中は、永勘染工場の職人の方に作品を体験していただきました。 作品に触れた職人の方から、「現代の技術と古くからある文様とを組み合わせることで、これまでと違う印象になった」という感想を頂きました。作品を楽しんでいただいている最中、職人の方の手の動きをセンサーが捉えられないことがあり、色が塗られる演出とトラッキングに課題が残りました。文様に動きが加わることで、青海波の波に心地よさを感じたり、矢の動きや方向に引力のようなものを感じたりするようになったことが深く印象に残っています。 最後に 「いのり」と「文様」をテーマに、リサーチと作品の制作を行いました。文様は、衣類などの日用品にあしらわれ、私たちの身近にたくさんあるものです。造形・意匠に加えて、昔の人々が自然の中にある形や現象を抽象化し、祈りと結び付けたとても身近な「いのりのかたち」であることが分かりました。 作品のプロトタイプでは、文様の由来と、文様に込められた祈りを「染める」という行為とアニメーションで表現することで、今までとは違った文様の見え方や面白さを発見できました。

やまのかけら
石を山々のかけらと見立てたインスタレーション作品 古代から日本では山や森に神が宿ると考えられていました。山の民は山の恵みに感謝し、山の神に祈りを捧げたと言われています。それは、山にある自然物すべてが山の一部であり、山の神性を宿していると考えられたためでした。彼らは山に生きる動植物だけでなく、滝や大岩、小石までも神が宿っていると感じていたのです。本作品はその山の石を用いて、山の神性を覗き見る試みです。体験者は実際の山から採取した石をスコープ状の装置で覗きこみます。すると石の表面から様々な景色が広がり、石に宿った山の神性が風景となって姿を現します。小さな石を通して、遠くにそびえる大きな山々を想起させるインスタレーションです。 Director Sayaka Maruyama Designer Kenji Tanaka, Yutaka Kadota, Shinya Kikuchi Special thanks FabLab SENDAI FLAT

めぐみ
酒をテーマにしたインスタレーション作品 日本の「酒」は、酔うことで姿形の見えない神様とつながるものとして、祭事などでも用いられてきました。また、特に科学が発達していなかった頃には、酵母という目に見えない存在の力によって米が酒に変わることは神秘的だったため、酒は奇跡的な生産物であり、酒づくりはいまも常に信心深い姿勢で囲まれています。酒の周りでは、私たちは常に目に見えない存在と共生しているのです。本作では、リサーチを通して出会った酒を取り囲むさまざまな生命や信仰を「かげ」として抽象的に描きます。「かげ」という言葉は、光によって生まれる「影」という意味をもつ他、曖昧な姿形のことも指します。本作は、鑑賞者とのインタラクションによって、展示された酒器から伸びる影が変化するインスタレーション作品です。鑑賞者は影の変化を完全に目視することはできず、気配を通して存在を感じる体験になっています。 Director Saki Kato, Rin Matsunaga Designer Rin Matsunaga, Shinya Kikuchi Programmer Seiya Takasawa Special thanks 株式会社小嶋総本店 いのりのはなし 今回、私たちはこの作品を通して様々なリサーチやフィールドワークを行いました。 「酒」のいのりのかたち 作品の解説 本作品は、酒を通して目に見えない存在に目を向けるインスタレーション作品です。酒にまつわるさまざまなモチーフが酒器と光によるコースティクス(集光模様)の中から立ち現れ、その様子は体験者の動きによって変化します。酒造りの現場を訪問して出会った、目には見えない生命や信仰を抽象的に描き出そうという試みです。 酒の起源 私たちが日々の暮らしの癒やしとして飲む酒。その中に、「日本」の名前がつく「日本酒」があります。世界的に飲用として生まれた酒が多いのに対し、日本の酒は姿形の見えない神様とつながる神聖なものとして、古くから祭事で用いられてきました。米は日本において神様にささげる食べ物であり、発酵や腐敗が進んだものは「神様が食べたので色が変わった」と捉えられ、神聖になったもの=神様と人間をつなぐもの、という認識があったといわれています。 酒は、日本では田植えや稲刈りの際に集落の一体感を生むために用いられ、現代では嗜好(しこう)品として日常的に飲まれており、景気付けや打ち上げ、親睦を深める場に欠かせないものとなっています。神様とのつながりだけでなく、空気や場といった人と人とのつながりを生み出すものだともいえます。 目に見えない存在といのり 科学が発達していなかった時代、酵母という目に見えない存在の力によって米が酒に変わることは神秘的な現象であり、酒は奇跡の産物でした。目に見えない存在との関わりは一つの信仰のように造り手の生活に浸透し、今も受け継がれています。 目には見えないものへの畏れや敬いは、新型コロナウイルスの脅威を体験した我々にとって今、向き合いたいテーマだと考えました。手に付着したかもしれないウイルスを、空気に漂っているかもしれない飛沫(ひまつ)を、私たちは日常的に想像しながら、共に生きる道を探しています。顕微鏡を通さなければ見えないウイルスは、私たちにとってその存在が曖昧です。運や霊と呼ばれるものも同じように曖昧な存在で、見えないからといってその存在を否定することはできないのかもしれません。 いないけどいる、いるけどいない。そういった存在を信じて行動することは、私たちの一つの「いのりのかたち」だと思いました。 酒蔵見学 2020年10月、作品制作にあたり、山形県米沢市の小嶋総本店の酒蔵を見学させていただきました。小嶋総本店は「東光(とうこう)」の銘柄で知られる、創業400年を超える酒蔵です。 麹(こうじ)菌や酵母菌といった微生物によって、酒は造られます。それらは生き物であるがゆえ、ささいなことで味が変わってしまうこともあり、酒造りは現代でもなお失敗してしまうことがあるそうです。知識、技術、経験により予測は立てることができますが、最終的には人が麹や酵母の様子を観察しながら酒造りは進められます。 蒸米に麹菌を繁殖させ麹を作る、最も味を左右する日本酒造りの要の作業を「製麹(せいぎく)」といいます。麹は温度・湿度が高くどんな菌も育ちやすい環境で育てるため、雑菌が繁殖して麹が駄目になってしまうこともあるため、製麹は特に大変だそうです。小嶋総本店の小島 弥之祐さんは「30日間の子育てのようなものです。常に気を配り、まるで赤ちゃんの世話をするような感覚です」と話します。それだけに、一つ一つの工程で、米や麹は非常に大切に扱われていました。製麹中の麹に対して、「置いてある」ではなく「いらっしゃる」という言い方をされていたのも印象的でした。 大変なのは、製造手法だけではありません。酒の種類によっては、朝早くから夜も寝ないで造る酒もあります。そんな作業中に誤ってタンクに落ちると、充満した炭酸ガスにより二酸化炭素中毒となり、死に至ります。実際に全国の酒蔵で何年かに一度、転落事故で亡くなる方がいるそうです。そのため、1年間無事に酒造りができ、皆さんに喜んでもらえる酒ができるよう、造り手の方々は祈とうやお参り、神事を大事にしており、蔵の所々に神棚や瓶子が置かれ、神棚には造った酒が供えられていました。 命のない「もの」ではなく、目には見えない微生物たちと一緒にいる感覚。常に神様に見られていて背筋が伸びるような感覚。普段私たちが感じていないその感覚をかたちにできないだろうか。私たちは酒や酒蔵を取り巻く、目に見えない生き物や信仰のかたちに興味を引かれ、制作のコンセプトとすることにしました。 実制作 見えない存在を体験する 見えない存在を描く、というコンセプトを基に、酒にまつわるさまざまなモチーフが酒器から現れては消える、という情景を表現しようと考えました。 ミストスクリーンやARなども手法として検討しながら、最終的にはプロジェクションによる表現を選択しました。日本語の「かげ」には、陰影の意味以外に、「人の目の届かないところ」「心の中に浮かぶ姿。おもかげ」「恩恵を与えること。また、その人」(※1)などといった意味があります。今回表現したいものと高い親和性があったため、さまざまな透明な酒器に対して、プロジェクションによる光と影を用いて、実体があるのかないのか分からないような表現を作りたいと考えました。 「かげ」の最適な見え方を探るため、何度か投影実験を行いました。透明な酒器に対して本来影が落ちるところに逆に光を当てると、本物の影がぼやけ、代わりにコースティクスがきれいに現れることが分かり、これを表現のベースとしようと決めました。 ※1 スーパー大辞林より 近づくと消える光のテクノロジー 本作品は複数の酒器の周りに、酒造に関連が深い酵母をモチーフとした映像を映し出す体験装置となっています。 ただし、映像をただ映し続けるものではありません。日本酒を造り出す酵母は人間の見えないところで大事な仕事をしています、そのメタファーとして本作品では体験者が近くにいないときにだけ酵母が姿を現します。ここからは、体験者が酒器に近づいたか、遠ざかったかをどのように作品に落とし込んでいるかを説明します。 体験者と酒器との距離は赤外線で測定しています。環境が暗い場合は、赤外線のように目に見えない光を使った測定が有効です。本作品ではLiDARを使った赤外線による距離測定を行っています。 本作品で使ったLiDARでは本体を中心とした270°の扇形を認識範囲としています。認識範囲が広いので、さまざまなインタラクションのトリガーとして利用できます。ガラスや反射体、炭酸ガスや霧にやや弱いという弱点もありますが、暗所で利用できて投射距離が長く設置が容易なので本作品には条件的に合っていました。 LiDARを中心とした270°の扇形でセンシングする都合上、プログラムに送られる信号は赤外線が体験者にぶつかった角度と距離の極座標となります。体験者との距離を極座標上の距離として扱う方法もありますが、酒器が置かれる台座は矩形(くけい)ですので、本作品では極座標を直交座標に変換して使っています。 LiDARを扱う専用のアプリケーションを実装し、その設定画面でセンシングに使用したいエリアを定め、酒器と体験者の距離を割り出しています。その距離データはUDP通信で映像投影専用のアプリへ送信し、体験者が一定距離離れたら映像を切り替えるトリガーとして利用しました。 実際のかげに馴染ませる映像表現 映像のモチーフは、酒造過程で現れる菌を主なリファレンスとして制作しました。菌以外にも酒蔵見学やインタビューを通して印象的だった神狐(しんこ)や波紋などもモチーフとしています。 菌のビジュアルは、忠実に描くのではなくあくまでもエッセンスとして取り入れました。映像は、実際の影やコースティクスとなじむよう、質感を感じさせる白黒で制作しました。目に見えない存在がテーマであるため、有機的な印象を感じさせるような、増殖したりうごめいたりするアニメーションをつけました。 そして酒器の影に合わせて、複数の映像パーツを作ってレイアウトします。菌の映像は動きの重複をなくすためにアニメーションの異なる素材を複数用意しました。また、今回の作品はプリレンダーで行っているため、全て20秒のループ映像となっています。 当初は、A→B→Cの変化をフェードで切り替える予定でしたが、投影テスト後にループに変更しました。作品のコンセプトである「いないけどいる」を伝えるためには、人間(体験者)の前では「隠れる」「逃げる」などといった演出をつけることが重要と考えたためです。 最終調整は、宮城大学の展示会場でプロジェクターや酒器を設置してから1週間行いました。実際のコースティクスと違和感なく混じるように映像の濃度や質感を調整。体験者から見てバランスの良いレイアウトを探りました。PC画面でははっきり映っているものもプロジェクターでは薄かったり、昼間と夜では見え方が大きく違ったりするため、調整に時間を要しました。 最後に 酒の味わいは深く、酒と共に過ごす時間は趣のあるものです。リサーチや制作を通して酒のプロダクトとしての魅力だけでなく、造り手の姿勢の美しさを知り、そこに宿るいのりの姿にも触れることができました。 作品としては今後、酒器の周りに映像をジェネラティブに生成できるようにアップデートすることで、より有機的な存在感を醸し出せるように仕上げていきたいと考えています。
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