Project > Works

モーショングラフィックス座談会Vol. 4

Round-table

参加メンバー:鹿野護/工藤薫​​/中路琢磨/中間耕平/柴田大平/北畠遼
 

視点

 

中路
前回( Vol.3)の「環世界」の世界を構築するという話を踏まえ、みんなに考えてもらったアイデアについてディスカッションをしていきたいと思います。アイデアが重複しているものが多くありますね。多いのは、「Powers of Ten」(※1) 系。ミクロからマクロに引いていったり、寄っていったりするもの。例えば広々とした宇宙空間から、すごく狭い所に移動するのを全天球で体感できるようにしてみてはどうか、とか。あとはサウンド系が多いですね。
 

鹿野
サウンド系?
 

中路
環境の中で音は重要だ、という考え方です。立体的な音を作り出し、映像とリンクさせることで、音も物質として捉えることができるんです。サウンド系のアイデアは、ビジュアライザーとかいろいろありますね。アイデアをジャンルに分けると、「環境を作る考え方」と「現象を作る考え方」。ジェットコースターのような人を喜ばせる「エンタメ系」。あとは、データをビジュアライズしたり、カメラを高い位置に置いて自分の首が伸びた感覚を作ったり、視覚的な体験をどう感じられるか、という「実験系」のアイデアですね。
 

鹿野
アイデアの幅が多岐にわたっていますね。大きく分類したとして、一番多いアイデアのグループはどういったものですか?
 

中間
「実験系」と「高度表現系」ですね。
 

中路
前回、鹿野さんから出た「視点を変えるアイデア」も多いですね。虫の目線でつぼみの中から見ている、という企画もあります。これらの手法をストレートに実施するのではなく、純粋に美しく、楽しいビジュアル空間を作る。その背景に、「こんな世界を見ている動物がいるかもしれませんよ」と描ければいいんじゃないかな。
 

鹿野
なるほど。いわゆる「科学ドキュメンタリー」ではなく、あくまでも作品としてCGやモーショングラフィックスが完結して、裏にそういうテーマがあるというのはいいですね。
 


 

中路
他に面白そうなものは、異次元の空間。重力のバランスがおかしくして、空と海を上下逆転させて、海から足が生えているとか。マウリッツ・エッシャーのように自分のパースが狂っていたり、違うパースに軸があったりとか。日本画も、ただぼかすだけで遠近感を作るじゃないですか。そういった視点の取り方は、面白いかもしれないですね。
 

鹿野
絵や映像を作るとき、一点透視とか二点透視のような遠近法の手法がありますよね。一点透視って、精神的にも哲学的にも、強く巨大な概念として存在していると思うんですよ。その大いなるものに焦点を当てて、透視図法を逆手に取ったような表現も面白いかもしれない。
 

工藤
球体を作って逆さにするだけでも、空が下になって不思議な空間になりそうですよね。
 

鹿野
視覚から脳に伝える間に欠損がある病気で、直線だけ認識できないことがあるらしいんですよ。視覚に対して、自分が絶対に体験できないものを体験する、といったこともやれそうだね。
 

北畠
Oculusを逆さにかけるだけでも、体感できますよね。視界を上下反転させるだけで、外した後にぐらっとするらしいですよ。
 

中路
そもそもOculusの視点は、人間本来のものと少し違うからね。
 

中間
リアルタイムで合成して、補正できたら近づけられるかも。
 


 

工藤
同じ人間同士でも、一人ひとりの環世界は違うかもしれない、という可能性はあるんですかね?
 

鹿野
絶対違うと思う。僕は、自分が見ている青と、工藤くんにとっての青も違うんじゃないかって思いますよ。見えている世界が相手と同じかどうか…。いつもそれを考えて不安になるんだけど、脳で補完されているから、コミュニケーションが成立している。でも実際には、全然違ったものが脳内で展開されているんじゃないかな。以前、認知科学の先生から「見ているものは、記憶と混ざって作られている」という話を聞いたんです。
 

中間
本当ですか!?それはすごいですね。
 

鹿野
すごい数の記憶がコピペされ、パッチワークのようにつぎはぎされて、見ている世界が作られていく。だから真ん中は速くて、端の方へいくと、遅くなるっていうズレが生じるんですよ。恐らく複雑すぎるシーンだと、脳が勝手に想像して、作っている可能性があるんですね。そう考えると、いつも見ている景色なんて、脳が適当に作っているのかもしれないね。
 

中路
特徴のない絵を見ると、最初に目に入る場所ってみんなバラバラになるじゃないですか。山や海、木など、いくつかポイントがある絵を見たとしても、どこを最初に見るかといったら、それも人によってバラバラなんです。全天球のいいところって、視点が限定されずに、自分が見ているところと、他人が見ているところが違うってところにあるんじゃないかな。
 

工藤
視界が360度もあるなら、どこでも好きに見ていいですもんね。
 

中路
それも表現がいろいろあるな、と思っています。例えば、フェイスマッピングなどを手掛けている、浅井さんのプロジェクトって「この場所を見てください」というのが明確なので、映画に近い表現ですよね。要は、大体みんな同じところを見るけれど、周りの環境を360度で補完するイメージ。ストーリーを展開させる作品と、どこを見てもいい自由な世界で、見ている人がどんな行動をするのか分からない作品とでは、作り方がまったく違う。だから、始めの段階で、どうやって表現するのかを決めた方がいいな、とは思いますね。
 

北畠
どこで何をやるかと、デバイスを何にするかもまだ決まっていないですよね。高度表現系とか景色系の表現って、Oculusで想像通りに再現できるのかな。
 

鹿野
Oculusだけでなく、ヘッドマウントディスプレイ(HMD)は技術革新がどんどん進んでいくでしょうね。HMDで没入感がうまく出された映像は、とても強い「体験」になりますよね。例えば、箱の上に立たされて谷底に落とされるだけの単純な表現でも、よりリアルに体験できる。だから、人間にこれまでの映像だけでは働き掛けられなかった、新しい感覚みたいなものを、Oculusを使った映像体験に盛り込める可能性がある。みんながこれから作る映像と、新しい感覚が重なり合って、これまでにない表現と体験が可能になるかもしれないですよね。それは新しいエンターテインメントの在り方の提示でもよいだろうし、人間の認知からは想像できなかったような実験的な表現でもよいかと思います。
 

次回は、引き続きWOWメンバーによる企画出し
 

※1 Powers of Ten…イームズチェアなどで有名な、チャールズ&レイ・イームズ夫妻による、約9分間の短編映画。公園でピクニックしている男女を真上から撮影し、だんだんとカメラが上空に上がっていく。遥か宇宙のマクロの世界に到達した後、逆方向にカメラが下がっていき、男性の体細胞のミクロの世界へと入っていくという、歴史的な映像作品。
 

(Vol. 5につづく)

<<Beyond Motion Graphics