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メタバース研究座談会 Vol.1 音楽&スポーツ篇

参加メンバー

UI Director 森田考陽 / Technical Director 石鍋俊作 / Communication Planner 後藤萌 / UI Designer 小林真由(オンライン参加)

 

オンラインゲーム上で音楽ライブが開催されたり、ファッションブランドがアバター用アイテムを発表し、NFTでバーチャル空間上の土地が売買されたりと、さまざまな分野で注目を集める「メタバース」。まだ明確な定義はなく、主に3DCGによるインターネット上の仮想空間を指して使われる言葉ですが、果たしてその実態とは。そして、どんな可能性があるのでしょうか?

 

この潮流をより深く知るために、WOWメンバーによる座談会を異なるテーマのもとに2回実施。Vol.1は音楽の配信ライブやバーチャルなスポーツなどの体験デザインの側面から、メタバースの行く先を見つめます。メンバーそれぞれの注目事例から技術的な展望まで。メタバースを掘り下げる座談会、第1弾をお送りします。

 

“メタバース×音楽” 注目事例と現状の課題
 
——各所で注目が高まるメタバースですが、今どんな状況になっていて、どんな可能性があるのか、それぞれの視点を交えて考えていきたいと思います。最初に、メタバース関連の注目事例についてリサーチをしてきた方、お一人ずつ発表をお願い致します。

 

小林
自分は、音楽やライブ体験という視点からメタバースの可能性について考えてみました。コロナ禍でバーチャルなライブが増えましたが、気になった事例としては以下の二つです。
一つ目は、バトルロイヤルゲーム『FORTNITE』で2020年8月に開催された米津玄師のバーチャルイベント。ゲームの空間上でライブを行うという、これまでにない面白さに加えて、世界中の人が同時に同じ空間で楽しむことができた事例です。

 

 

二つ目は、RADWIMPSが21年7月に開催したバーチャルイベント「SHIN SEKAI nowhere」。これは彼らの楽曲『SHIN SEKAI』の世界観をバーチャル空間として作り上げたもので、配信ライブを行うだけでなく、楽曲の魅力を体感できるような世界観を空間として作り上げている点で、音楽の楽曲と、その魅力を広げる場としてのメタバースという関係性が興味深いと思いました。

 

 

後藤
小林さんと同じく、私も普段ライブや演劇によく行く観点から考えてみました。まず、VRのライブは行ったことがないものの、録画された動画を見る限り「リアルのライブとはまったくの別物」という印象を覚えました。というのも、現実空間に対して情報量が圧倒的に少ない。だとすればいっそのこと“別物”として、まったく新しい演出の可能性を考えてはどうか。
面白いなと思った例としては、VRチャット内に開設されたクラブ『ゴーストクラブ』。かなり高度に作り込まれていて、扉を開けるとグワッと全身に響いてくる音圧をVR上でも感じたのは、よくできていると思いました。音が反響する感じやこもっている感じ、特に自分の声がどう響くかというところなど、空間や音情報を制御することでもっとリアリティを上げていけそうだと思います。

 


VRチャットによるゴーストクラブの紹介動画(43:22 GHOSTCLUB 参照)

 

もう一つは、サンリオが21年12月に開催した「SANRIO Virtual FES」で行われたVTuberのキヌによるパフォーマンス。ライブ中にいきなり世界が割れて光が降ってきたり、空中を歌詞の文字が乱れ飛んだりと、相当話題になっていたようです。重力とか物質性を無視できるメタバースの特性を活かして、そういうイベントの方向性もありだなと思いました。

 

石鍋
そのイベント、後藤さんは実際に行ったの?

 

後藤
実際には行っていなくて、後輩から「あれはすごかった」という話を聞きました。

 

石鍋
今、自然に「メタバースへ“行く”」という言葉を使った自分が怖くなりました(笑)。でもメタバースの可能性については、自分も小林さんや後藤さんと同意見です。コロナ禍も落ち着いてきて、再びライブに行き始めているのですが、やっぱりリアルのほうが圧倒的に好きかな。

 

小林
個人的に、「コロナ禍でライブができないからメタバースでやる」という理由だけでは、メタバース独自の楽しさが感じられないと思います。メタバースならではの音楽体験を作り出すことができて初めて、ラーメンの代替品というだけでなく、それとは別の価値を確立したカップラーメンのように、独自の分野としてもっと面白くなっていくのかなと思いました。

 

石鍋
確かに“現実の代替物”というだけでなく、例えば音楽を“奏でる人”と“聴く人”がいるという構造自体を崩した見せ方などもできるかも。多少演出が凝っていたとしても、リアルとは状況や構造自体から異なるものを作ってみたいですね。

 

“メタバース×スポーツ” 体験者が語る没入感
 
—— 一方で森田さんは、メタバース上でスポーツをやっているそうですね。

 

森田
Zwift』という自転車のオンライントレーニングサービスを、もう5年くらいやっています。サービス自体は2015年頃からあるんですが、コロナ禍に入って参加者数が爆発的に増え、今ではロードレースで主流のトレーニング方法にまで成長しました。使い方としては、自転車のトレーニングマシンの前にテレビやPC、タブレット端末を置き、漕ぐ動きに合わせて画面上の道路を走っていく。CGのクオリティはプレイステーション2くらい。それでも、自分の体の動きがダイナミックに反映されるので、没入感がしっかりある。前に走っている人を追い抜きたいと思うし、レースなら戦略がちゃんとあって、ある程度リアルなレースに近い体験を実現できていると思います。
メリットとしては、実際の道路では信号待ちなどがある一方、『Zwift』では止まることなくひたすらトレーニングでき、車に幅寄せをされたり怪我をしたりすることもない。その結果、これまで以上に速く走ることのできる人が増えてきて、アマチュアのレースで優勝したり、プロスポーツの世界からスカウトされたりする流れが出てきています。ただ一方で、道路上の状況に慣れないままリアルのレースに出場する人が多くなり、事故が増えているという問題もありますね。

 

 

石鍋
これ、森田さんはどういう状況でやってるんですか? 自分の場合、奥さんの目がどうしても気になって、なかなか自宅でVRをやろうとは思えないんですが……。

 

森田
確かに、HMD(ヘッドマウントディスプレイ)を着けてる姿って、日常の中で見ると違和感がすごい。『Zwift』に関しては家でテレビの前か、MacBookを置いてやってますね。コースに合わせて自転車の傾きやペダルの重さを変えるデバイスもあって、画面の大きさよりも、自分の体の動きと映像がリンクすることのほうが没入感につながっていると思う。要は、HMDじゃなくても没入感を大きくする方法があるということじゃないかな。

 

後藤
でもそうなると、みんなが何をもって「メタバース」と言っているのかわからなくなりますね。ゲームのようにCGで共有できる世界ならメタバースなのか、SNSもメタバースなのか……。
 
——「バ美肉(バーチャル美少女受肉)」のように、男性が美少女アバターに扮して活躍するような世界もありますね。そうしたなかで、「こんな世界ならメタバースへ行きたい」と思える基準はありますか?

 

小林
『FORTNITE』で開催された米津玄師のイベントにしても、リアルタイムのライブじゃなくて収録をみんなで見るという点では、カラオケボックスで映像を観て盛り上がるのとそこまで変わらないと思います。リアル空間のライブのように、アーティストが目の前で演奏していて、その同じ空間や時間を大勢の人たちが共有している感覚をメタバース上でどう実感させることができるか……YouTubeライブの画面にもチャット欄がありますが、メインの動画に集中できないという欠点がある。もっと決定的にリアルタイム性を感じられる世界なら、ぜひ行ってみたいと思います。

 

森田
その点、『Zwift』の場合はリアルタイム性をかなり感じますね。他のプレイヤーを見て「こいつ楽してるな」とか「頑張ってるな」とかが伝わってくる。現実のロードレースと同じように、前にいる人を風除けにして付いていったほうが楽になったり、操作によってその人の心拍やどれくらいパワーを出しているのかがわかったりする仕掛けになっている。ただ、レースの相手を思いやる精神は減っている気がしますね。あくまでアバター同士なので、怪我をする心配がないですから。

 

メタバース独自の体験価値が問われている
 
——いろいろと課題が見えてきましたが、メタバース関連で今後取り組んでみたい仕事のアイデアや、実現してみたいイメージをお願いします。

 

小林
個人的には、どうすれば没入感を高めることができるのか、表現などの方向性を探っていきたいと思っています。オンラインライブでも、リズムに合わせてアバターが手拍子をしたり、花火を出したりできる演出がありますが、それをもっと高度に、いかにリアルに表現していけるのか。それから、メタバースならではの音楽体験として、楽曲の世界をまったく新しい形で体験できるような世界観を作ってみたいなと思います。ただ、ライブの演出をおろそかにしてメタバースの演出に凝るようになるのもバランスを欠いていると思うので、そのあたりをどう両立していくのかも気になるところです。

 

後藤
実は、前職の後輩とともにVR上の空間デザインとUIデザインの標準化に取り組もうとしています。現状のVR空間は、入口や進行方向、ワープゾーンなどのサインが各社バラバラに作られていて、早く標準化しないとカオスになってしまう。そうなる前に、適切なデザインについて考えていこうと話をしているところです。
また、ワールド内アナウンスについては、視覚よりも聴覚のほうが情報を届けやすいというメリットがあります。例えば没入中に緊急の情報を伝えなければいけない場合などが考えられますが、バーチャル空間上で試してみたところ、声のほうが圧倒的に誘導しやすいという結果になりました。

 

石鍋
僕は、リアルとメタバースとのつながりが気になります。『Zwift』にしても、没入しているようでいて100%メタバースではない。HMDを着けて浸りきってしまうというよりは、現実の感覚とメタバースでの体験をいかにうまく融合できるか……。というのも、音楽フェスやクラブに行くならお酒を飲みたいし、盛り上がりを体で感じたい。でも不思議なのは『Zwift』の場合、画面が小さくてもリアリティが感じられるのは何故なのか。

 

森田
スピードなどに合わせて風量が変わる送風機があって、これを置くだけで感覚が全然変わる。ずっと漕ぎ続けて呼吸や脈拍が上がってくると、あまりにつらくて頭の中へ入ってくる情報量が減ってきて、「暑い、つらい」くらいしか考えられなくなるんです。そうなってくると、映像が貧弱でも風が当たるだけでも、完全に入り込んでしまう。

 

石鍋
かなり真面目にやってるんですね。でも家族はどう思ってるんだろう?「また始まった……しばらく話しかけられないね」みたいな感じになってるんじゃない?

 

森田
いや、応援してくれてますよ!「今は何位?」とか聞かれるし。それに自転車関連でメタバース系の仕事ができたらいいな、とも思っています。『Zwift』にはニューヨーク、ロンドンのような実際の街もあれば、オリジナルで作られた島などのコースもある。F1に専門のコースデザイナーがいるように、VRやメタバースでもスポーツに特化したデザイナーがそのうち出てくるだろうなと思っています。

 

——最後に、それぞれが考えるメタバースの可能性についてお願いします。

 

後藤
今はとりあえずみんな手を出しているなという感じですね。このまま定着するかどうかは……まだわからないといったところでしょうか。

 

小林
先ほどのラーメンとカップラーメンの例えでいうと、現状はまだラーメンの模倣品といった印象です。ここからカップラーメンならではの良さを追求していって、どんな魅力を確立できるかが気になりますね。

 

森田
確かに。『Zwift』にしても、リアルの自転車レースが前提として存在していて、そのためのトレーニング方法として発展してきたところがある。それが今は、大きなレースだと1千人以上が一緒に走るようになっているわけだから、そうなる可能性は大いにあり得そうです。

 

石鍋
そういえば、自宅の近くにバーチャルゴルフの打ちっぱなしがあって、高齢の方でかなり賑わっている。意外にあんな形で受け入れられていくのかもしれないですね。

 

・・・

 

次回、メタバース研究座談会Vol.2では、オンラインゲームや建築など、空間設計や世界観構築に関心のあるメンバーによるディスカッションを実施。新たな角度からメタバースの可能性を検証していきます。

 

<Interview & Text : Keita Fukasawa>