Concept

伝統的な染の技法をモチーフに「文様」をテーマにした体験型インスタレーション作品

 

昔の人々は自然の力強さや美しさに縁起の良い意味をかけ合わせ、それを身に纏うことで自分や相手の幸せを祈りました。植物や水、光をモチーフに作られた文様は、自然と身近に生きていた昔の人々が自然からいただいた祈りの形です。本作品では、実際の引染めの手法を用います。刷毛で布を染色すると文様が浮かび上がり、その文様が動き出します。伝統的な染の技法とデジタル技術を組み合わせ、文様の装飾としての魅力はもちろん、現代ではあまり意識しなくなった自然とのつながりや由来など、新しいいのりのかたちを体感できるインスタレーションです。

 

 

Director / Designer Mayu Kobayashi
Director / Programmer Yuya Umeta
Programmer Seiya Takasawa
Special thanks 株式会社永勘染工場

 
 

 

いのりのはなし
今回、私たちはこの作品を通して様々なリサーチやフィールドワークを行いました

 

文様といのり

 

作品の解説
本作品は、伝統的な引き染めの技法とデジタル技術を組み合わせ、文様の装飾としての魅力はもちろん、現代ではあまり意識しなくなった自然とのつながりや由来など、新しい「いのりのかたち」を体感できるインスタレーション作品です。文様の型が投影された布に、体験する人がはけを使って色を塗っていきます。塗り進めると、色が広がっていき、布全体が染まっていきます。その後、さまざまな祈りや願いが込められた文様が、命が吹き込まれたように動き出します。

 

文様に込められたいのり
文様とは物の表面を飾るために人工的に付けた模様のことです。日本には古くから使われてきたたくさんの伝統文様が存在します。最近では目にする機会はあまりないように思われがちですが、結婚式や成人式の着物であったり、手拭いや財布などの小物にあしらわれていたりと、日本っぽさを感じられる「和柄」として今も私たちの生活の中に根付いています。

 

 

文様の特徴はシンプルなモチーフの反復構造です。自然界の事象や生物の特徴を、線や図形で構成した幾何学的な単位で表現し、それらを回転・対称・並行を用いて敷き詰めます。これにより、規則的に並んだモチーフの整然たる美しさ、モチーフを単体で捉えたときと複製された文様として捉えたときの印象の違いなど、デザイン的に優れた効果を生み出しています。この文様の反復構造にはデザイン的な側面だけでなく、さまざまな願いが込められています。モチーフの繰り返しは、途切れることなくどこまでも続くことから「永劫(えいごう)」「継続」の意味が込められています。また、モチーフ自体にもそのものの由来に沿った願いが込められています。

本作品で取り上げた青海波(せいがいは)・麻の葉・矢絣(やがすり)にはそれぞれに興味深い願いが込められています。「青海波」は文字通り海の波を表しています。広大な海で無限に続く穏やかな波に未来永劫と平安を重ねた、「穏やかな暮らしがいつまでも続くように」という意味があります。「麻の葉」は生命力が強く成長が早い植物であることから「健やかにすくすくと育つように」という意味があり、昔は赤ちゃんの産着に使われていたようです。「矢絣」は射った矢が真っすぐに飛んで戻ってこないことから、結婚の際に矢絣の着物を持たせて「後戻りせず真っすぐ進んでいくように」という意味が込められています。

 

 

文様は冒頭でも記述した通り、着物や帯、手拭いや小物など人々が生活の中で身に着けるものの装飾によくあしらわれています。それは文様の持つ高いデザイン性だけではなく、そこに込められた願いにも影響されていると考えます。昔の人々は身近にあった自然の事象や生物に力強さや美しさを見いだし、それに縁起の良い意味を掛け合わせ文様を作りました。そしてそれを身にまとうことで自分や相手の幸せを祈ります。私たちは本作品を制作するにあたり、文様とはその成り立ちや使われ方から、昔の人々の生活の中から生まれたいのりのかたちであると考えました。

 

いのりを表現するために
文様のリサーチにより、これまで単に柄として見ていた文様の一つ一つに意味があることが分かりました。この意味を知ることで文様をモチーフ単位で捉えたり、自然との結びつきを考えたりできるようになるなど、文様の見え方が広がりました。これにより、「現代ではあまり意識しなくなった文様の由来や自然とのつながりを体験できる作品」というテーマが決まりました。

どのような体験するのかを考える際、重要となったのが「動き」です。私たちが普段の生活の中で目にする文様は、布に染められたり印刷されたりと静止画の状態です。文様の意味には自然界の事象(波や植物の成長)や身の回りの事柄(伝統行事や風習)を基にしているものが多く、そこには動きや所作が関係してきます。この「動き」を捉えることで文様の由来や自然とのつながりを体験できる作品になるのではないかと考えました。そこで「文様の意味(由来)をアニメーションで表現する」という作品の方向を定めました。

 

 

アニメーションはまず基本となるガイドラインを設けて、そこから有効そうな動きを模索していきました。ガイドラインとして定めたことは3つです。1つ目は文様のモチーフ(柄の単位となる図形)を崩さないこと。2つ目は文様の意味(由来)を基にした動きであること。3つ目は見ていて心地の良い動きや変化が面白い動きを目指すことです。ここで難しかったのが2と3のバランスです。文様の意味を直接的に表現し過ぎてしまうと説明的なアニメーションになってしまい、面白い表現を求め過ぎると文様の伝えたいことが薄れてしまいます。このアニメーションのバランスが作品の体験の部分で重要な要素になるため、時間をかけて検討しました。

 



 

いのりをかたちにする「引き染め」

 

文様と引き染め
作品の体験要素として「布を染める」という行為があります。本作品で使用しているのは「引き染め」といわれる技法で、作品のビジュアルでも見られるように長い布の両端を木の柱に結んで固定し、はけを使って布に染料を塗っていきます。布には文様を出したい部分にのりで型取りがされており、染料を塗った後で布を洗い流すとのりの部分には染料がのらずに文様が現れるという仕組みです。この技法は宮城県の工芸品である「常盤紺型染(ときわこんがたぞめ)」という染め物から着想を得ました。

「文様」と「染める」行為には切り離せない関係があると考えます。真っ白な布にのりを置き、はけで染料をのせて文様を浮かび上がらせ、その布から着物や手拭いに形を変え、使用する場面や目的に合わせた文様が人々の手に渡ります。「染める」ことで文様は人とつながり、込められた願いを発揮します。そのことから、「染める」という行為はこの作品にとって願いを込める工程であり、染める行為をする人はその文様を目にする誰かへ願いを届ける人であると捉えました。この一連の工程から生み出される文様は、いのりのかたちの一つなのではないかと思います。

 

引き染めの見学
色が塗られていくアニメーションと、作品の展示のヒントを得るために、永勘染工場にご協力いただき、引き染めの一連の工程を見学しました。

 




 

・のり置き : 染め物の図版の形に、もち米・ぬか・塩などを混ぜた「防染のり」を布に密着させます。
 
・染色 : 張木(はりぎ)と伸子(しんし)を使い、しわができないように空中に布を張ります。刷毛と染料でリズムよく布を染めます。
 
・水元 : 最後に、のりや余分な染料を水で落とします。
 

これらの工程を経て、型と布地との境界がはっきりとした、染め物が出来上がります。

 

 

この日の取材では、引き染めの工程に加えて、工場で保管されている紙製の型を見せていただいたり、布の固定方法など、展示についてのアドバイスを頂いたりしました。
実際に、引き染めの工程を見ることで、のりのテクスチャや染色しているときのはけと布がこすれる音など、書籍やウェブサイトにはないさまざまな知見を得ることができました。

 

デジタル表現で動き出す文様

 

心地よい動きの探求
本作品は、布に対して文様の映像を投影し、はけを持って布をこすると、映像の中の文様に色が塗られます。はけを持った手の動きを測域センサーが捉え、位置を追跡します。手の位置をUnityに送信して、CG上のテクスチャに色を塗ります。一定の面積を塗ると、色が広がり、文様のアニメーションが始まります。

 





 

文様一つ一つのアニメーションはシェーダーで作りました。波の細かさ、速さ、線の太さなどのパラメータを設定し、1種類の文様でたくさんのバリエーションが生まれるようにしました。

 

 

文様全体のアニメーションは、パーティクルとして制御しました。波全体の動き、風に吹かれる麻の葉の動き、矢の飛ぶ速度は乱数や物理演算などを利用し、演出ごとランダムに変化させています。

 

 

ランダムな値の範囲やアニメーションの組み合わせは、何度も投影検証を重ね、「ずっと見ていられるアニメーション」や「見ていて心地よい速度と変化」を目指して、調整しました。

 


 

動かすことで見えたもの
本作品の記録撮影は、取材に引き続いて、永勘染工場の実際の作業場をお借りして行いました。壁などの平面への投影とは違い、布の自重によって投影面がゆがみます。また、作業場の構造に合わせてプロジェクターを設置するので、位置や角度に制限があります。これらに対応するために、投影面に合わせてアプリ側で映像を補正しました。

 


 

大まかな台形補正はプロジェクターでできますが、最終的には地道な手作業で行いました。撮影中は、永勘染工場の職人の方に作品を体験していただきました。

 


 

作品に触れた職人の方から、「現代の技術と古くからある文様とを組み合わせることで、これまでと違う印象になった」という感想を頂きました。作品を楽しんでいただいている最中、職人の方の手の動きをセンサーが捉えられないことがあり、色が塗られる演出とトラッキングに課題が残りました。文様に動きが加わることで、青海波の波に心地よさを感じたり、矢の動きや方向に引力のようなものを感じたりするようになったことが深く印象に残っています。

 

最後に
「いのり」と「文様」をテーマに、リサーチと作品の制作を行いました。文様は、衣類などの日用品にあしらわれ、私たちの身近にたくさんあるものです。造形・意匠に加えて、昔の人々が自然の中にある形や現象を抽象化し、祈りと結び付けたとても身近な「いのりのかたち」であることが分かりました。

作品のプロトタイプでは、文様の由来と、文様に込められた祈りを「染める」という行為とアニメーションで表現することで、今までとは違った文様の見え方や面白さを発見できました。

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