郷土芸能 × テクノロジー = 新しい継承のカタチ

2017年3月18日(土)〜22日(水)、せんだいメディアテークで開催する「ハレとケ展」にて、東北の伝統行事をモチーフとした新作体験型インスタレーション「BAKERU(ばける)」を公開します。人々はお面や装束を身に着けることで、豊作や無病息災をもたらす存在へと変身し、その土地の伝統として代々受け継がれてきました。「BAKERU」のモチーフとなった「なまはげ」「鹿踊(ししおどり)」「加勢鳥(かせどり)」「早乙女(さおとめ)」の他にも、数多くの伝統行事が東北地方に存在します。

そこで今回は、テクノロジーを用いて郷土芸能の研究を続けている、東北大学大学院教育情報学研究部・教育部准教授、佐藤克美先生にご自身の活動、そして郷土芸能の歴史と今についてお話を伺いました。

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佐藤克美(さとうかつみ)

1972年、山形県鶴岡市生まれ。博士(教育情報学)。東北大学大学院教育情報学研究部・教育部准教授。「ICTを活用した学び」を研究の軸に据え、学校教育だけでなくさまざまな教育の現場、学びの現場でのICT活用の効果等について教育情報学の視点から研究している。これまではモーションキャプチャやCGアニメーションを用いた舞踊の学習支援などを行ってきた。東日本大震災を機にこれまでの研究をベースに、郷土芸能の継承支援、郷土再生にICTが果たす役割についての研究を始め、最近ではICT、特にVR等を用いることで郷土芸能の継承に対し新しい支援ができるのではないかと試みている。

—WOWでは「伝統行事」という言葉で、今回「BAKERU(ばける)」のモチーフとなる東北の芸能を表現していますが、佐藤先生は「郷土芸能」という言葉を多く使われています。「郷土芸能」にはどのようなニュアンスが込められているのでしょうか?

佐藤克美先生(以下、佐藤) 私は「その地域で行われている芸能」を支援しているという立場から、郷土芸能と言う言葉をよく使います。地域で披露される芸能は、「伝統芸能」「民俗芸能」「郷土芸能」など、さまざまな言われ方をします。ただ、どういう言葉で表現したとしても芸能自体が変わるわけではないので、個人的には正直どれでも良いと思います。私も、伝統芸能と言った方が相手に私の意図が伝わりやすいと思う場合は、郷土芸能ではなく伝統芸能という言葉で話をします。例えば、「なまはげ」などは「伝統行事」とか「伝統的なお祭り」と言った方が、相手には伝わりやすいと思うので、WOWさんの表現は良いと思います。

—佐藤先生は、郷土芸能をモーションキャプチャーして教育に役立てる、というユニークな研究をされています。なぜこのテーマに行き着いたのですか?

佐藤 はじめは郷土芸能自体に興味があったというのではなくて、郷土芸能の教え方に興味を持ったんです。郷土芸能は一般的な学校教育と違い、システマティックな教え方をしていません。例えば、バレエだったら基本のポーズから教え始めますが、郷土芸能は「一番簡単な曲だから、とりあえず踊ってみろ」なんです。「見て覚えろ」「学び方はお前たちの自由だ」など、段階的に教えることがありません。それが日本の特徴らしいんですが、そういった細かく段階分けしないというところに興味があって、それが新しい教育の視点になるんじゃないかなというのが最初のきっかけでした。

—教育方法としては伝統的だけれど、逆に今新しいのではないかと。それを情報技術と組み合わせる研究をされている。

佐藤 そうです。これまで日本の教育が上手くいっていた理由は、先生がすごく熱心だったからだと思うんです。でも今は逆に、熱心過ぎるのが足かせになっている場面もあると思っています。一方で、学校教育でのICT(※1)活用は、あまり上手くできていないのではないかという思いもありました。せっかく誰でも簡単に、ICTが使えるようになってきているのだから、先生が授業をパワーポイントにする、というようなことよりも、学生たちが情報を自由に利用できる方向性があるのではないかと考え、適していると判断したテーマが郷土芸能だったんです。

まずはじめにやったことは、モーションキャプチャでの撮影です。これまではベテランの動きを研究するため、上手い人のデータ取っていました。でも「上手い下手なんて気にせず、自分たちが使う道具として、自由に使ってみて」と学生たちを撮影したんです。最初は嫌がる学生も居ましたが、それでも自分たちなりの使い方を模索して「ここをこうしよう」とかっていう自分たちの利用方法をどんどん編み出していくのがおもしろかったんです。こうして継続していく中で東日本大震災が発生し、「せっかくここまでやってきたのだから、今度は支援に乗り出そう」となったのが、現在までのいきさつです。

※1 ICT:「Information Communication Technology」の略語で、情報通信を利用した情報や知識の共有・伝達技術の総称。

—デジタルな手法による面白い発見はありましたか?

佐藤 想像以上にベテランの方が喜んでくれたことですね。研究を始めた当初、郷土芸能にモーションキャプチャやCGを持ってきたら、嫌がられるんじゃないかと心配していたんです。むしろ、嫌がっていたのは若者。紐解いてみれば、ベテランの方の世代はラジオに興奮したり、テレビとかの技術の革新を肌で感じたりした世代なので、意外とテクノロジーを受け入れやすいのかもしれないですね。

—これまでもおそらく、ビデオで撮影するということはしていたのではないかと思います。それとモーションキャプチャのような技術の違いはどこにあるのでしょうか?

佐藤 人が撮った映像は見たいところが違ったりして、案外役に立たないらしいんです。ビデオの撮影は撮る人の意図が入っているので、特にうまい人が撮れば撮るほど、プロが撮れば撮るほどすてきに仕上がっちゃう。今どうしたいかっていうのが撮れていなかったりするらしいんです。一方でモーションキャプチャーは客観的で、自由な視点で見れるデータが取れます。

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青森県 法霊神楽のモーションキャプチャの様子

—それを見た方はどういう反応をするのでしょう?

佐藤 ベテランの方は素直に喜びます。「おお、俺だあ」って。全然気づかなかったことを見つけたっていうのは、実はあんまり聞かないですね。逆に弟子の人たちは自分の撮影データを「全然違うじゃん」と言ったりします。下手になればなるほど自分って気づかなくなるんですよ。

—それは実際に踊っている自分のイメージと、はたから見て、自分が実際に動いているイメージがマッチしない、という。

佐藤 そうですね。マッチしなくて「これは俺じゃない」とか言い張るっていうのがしばしばあります。でも周りは分かっていて「それお前だから」っていう。

一同 (笑)

—モーションキャプチャで撮影されていた期間はどのくらいですか?

佐藤 数ヶ月おきに撮影して、約2年間です。被験者の方は自分の記録を見て、変えて、理想のかたちに近づけていました。自分がイメージしている姿と実際に撮影された姿のギャップを知ることによって、「どうしてなんだろう」といった疑問や向上心を生むんでしょうね。ただ自分の理想と師匠が言う理想は違うので、直した結果だめだったということもありましたね(笑)。じゃあこうしてみようとか、とにかくやってみるっていうのが郷土芸能の面白いところ。質問があるから聞くんじゃないですよ。やってみて、「師匠、どうですか」と。

—郷土芸能の練習は、どのように行われているんですか?

佐藤 練習方法もアバウトですよ。普段は誰も音楽をつけてくれないので、自分の口でリズムを取りながら、1〜2分の区切りを繰り返し練習しています。西洋音楽のように、音楽の速さが正確に決まっていないので、「ゆっくり練習したい」と思ったら自然にリズムがゆっくりしているし、気分が焦っていれば速くなっていますね。メトロノームを使ってやることは絶対にないので、本番も練習と同様、速い日もあれば遅い日もあります。早く終わらせたいから、寒いから、雨が降るからとかいった理由で速くなることもあったりします。 曲の構成も、厳密には決まっていません。失敗したらこの部分をもう一回入れる、というのが決まっているので、例えば、踊り手が扇子を落としてしまっても、扇子を拾う間は曲がループして踊り手を待ちます。柔軟性があって、失敗しても全然困らないんです。踊り手が曲に合わせるから上手くいくということは、逆に言えば踊り手は同じ部分をずっと繰り返されると、永遠に踊らなければなりません(笑)。

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—郷土芸能の歴史についても伺えればと思います。郷土芸能は神様への奉納として生まれ、時代と共に変遷してきたと聞いています。

佐藤 例えば東北の芸能の中には、山伏により伝えられてきたとされるものが数多くあります。山伏と言う専門家によって芸能が継承されてきたわけです。明治時代になって神仏分離令が出され、山伏(修験道)も廃止されました。その結果山伏は神官になるか、農民(一般人)になるかしかありませんでした。しかし、彼らが普通の農民になったことにより、専門家のものだった芸能などが、徐々に一般の人のものになったそうです。そして、それらが地域に密着したことで、郷土の芸能として、今ある多くの郷土芸能としてかたち作られていったのではないかと思います。ですので、私はこういった芸能が「郷土」芸能になったのは、明治以降だと言っています。もちろん古くから郷土の芸能として伝わってきたものもありますけど。でも、そのプロだった人の技術が地域に密着したものになってきて、徐々に普通の人にも広がっていって、郷土の芸能としてかたち作られていったものが郷土芸能なんじゃないかと思います。

—伝統的な面や衣装は、どのように生まれ、伝統になったのでしょうか?

佐藤 変わらないと思われている衣装も、実は時代に合わせて変化しています。田植踊の早乙女が女装なのは、実のところ単に女性も田植えをしないと労力が足りなかったということかもしれませんが、田の神に仕える早乙女は女性なので「女の子が田植えをしないと、豊作にならない」などという言い伝えがもとになったりしています。現在の見栄えのする衣装になったのは、恐らく小正月のころ各 戸を踊り歩いたり、村をあげてのお祭りになってからで、当時も今のような服装だったのではないかと思います。今の仙台の鹿踊の衣装は、昔と比べると控えめになっているそうです。継承者によると昔はもっと派手で、派手過ぎて禁止されてしまい、今のようになったそうです。その一方で、南部神楽のように派手に変化してきたものもあります。ちなみに、南部神楽には大会があって様々な衣装を見ることができます。演目はその団体が演じているものから、一演目約30分以内で自由に選択できます。

朝から晩までやっていますからね。宮城県に100団体以上、岩手県も入れるとそれ以上の団体があるので、毎週のようにどこかで大会が開かれています。年齢層は60代以上が多いと思いますが、服装に強い決まりはないと思いますね。普通神楽には衣装にも細かなルール、意味がありますが、南部神楽はそれに比べれば、古くなければいけない、この色じゃなければいけない、といった決まりは厳しくありません。時代に合わせて変化し、作り直してきているのだと思います。

—同じ名前をもつ郷土芸能は地域によって特色があり、衣装や踊りも少し異なっているようです。もともとのルーツは同じだったんでしょうか?

佐藤 そう考えるのが自然です。鹿踊といえば、岩手というイメージがありますよね。でも仙台にも鹿踊りは伝わっています。仙台の鹿踊の人には「言い伝えによると、仙台の鹿踊が岩手に伝わった。こっちの方が古い。」と言う方もいます。鹿踊に関する昔のエピソードだと、お殿様に認めてもらえると、その団体は特別にお殿様の紋を付けてもいい、というお許しを得ていたそうです。ただ、どの団体もお許しをもらって、みんな同じ紋をつけるようになっていったみたいですね(笑)。

一般に、伝統芸能だから守っていかなければいけないもの、昔と変わっていないもの、価値があるもの、というイメージがあります。山伏神楽の「早池の岳神楽」はとても有名で、古いかたち・文化を残していると言われています。しかし、実際には時代の流れに合わせて変わってきた芸能は多く、本来の意味や形を残していないものも少なくありません。これまでの研究では、こういった芸能についてはあまり研究されてきませんでした。ものによっては民俗芸能ですらない、といった扱いになってしまいます。そういった芸能は、歴史も比較的浅いですからね。歴史が浅く、変わってしまったものは価値が低い、と思ってしまう節は、私たちにもあると思います。でもそれはそれで、また違う価値があるのではないか、と思っています。

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—今回WOWが発表する「BAKERU」は、郷土芸能のお面をモチーフに、お面を着けることで自分ではない、何者かに成り代わる体験型インスタレーションになっています。「お面を着けることで神様になる」というのは郷土芸能の共通の認識なのでしょうか?

佐藤 そうですね。人間じゃないものになる、という表現の方がいいでしょうか。神楽の中には、はじめに神様を呼ぶ踊りをして、最後にお面を外して、神様とお別れする踊りをすると言うものが多いです。昔は自分が神様になるというよりも、演目の役柄を観客に伝えるつまり観客に神様を感じさせると言う意味の方が強かったんだと思います。

—震災以降、郷土芸能の活動や役割も変わってきたという記事をたびたび見かけました。現在はどのような状況なのでしょうか?

佐藤 震災直後は毎週のように「◯◯芸能が復活しました」と新聞に載っていましたが、その後も続いているかどうかは、定かではありません。やりとりをしていたけれど、連絡が取れなくなってしまった芸能もありました。ただ、震災をきっかけに郷土を強く意識したとき、郷土芸能がかなりの役割を果たしたというのは間違いないことだと思うんですよ。だから、普通に戻ってきたということは、役割を終えて復興が進んできたという証拠だとも思います。

郷土として、地域が成り立っていくためには、もしかしたら今が正念場なのかもしれませんね。そういった意味で、郷土芸能が果たす役割を慎重に考えないといけません。私は学校教育をやっていますから、「じゃあ学校で郷土芸能をやればいい」と思われるかもしれません。でも学校で郷土芸能をやると、郷土芸能はどんどん棄てられていく方向に走ってしまうのではないかとも思うんです。学校でやってしまうと、周りの人も、やっている人も、学校でやっているからと安心してしまうでしょう。学校で習った経験があったとしても、大人になっても続けるかと言ったら、決して続かない。続ける人が居ない、ということは教える人が育たないということです。郷土芸能がこの先残っていくためには、子どもたちが大人になっても続けてもらわないと困るんですよね。郷土芸能や何かしらの祭りを見ると、子どもたちや60代以上ばかりで、中年でやっている人が少ないんです。今、頑張って教えている人が居なくなってしまったら、学校のカリキュラムとしては残るかもしれませんが、一気に途絶えてしまう可能性もあります。あともう一つのピンチは、女の子ばかりで男の子がやらないということですね。やはり、ダンスや演劇って女の子が好きなんでしょうね。

—子どもと60代の間を繋ぐ世代が、これからの郷土芸能のキーパーソンになっていきそうですね。

佐藤 地域づくりというのも農学部の範疇らしく、農学部のある学生が地域振興を研究テーマにしているそうなんです。彼によれば郷土芸能が無くなって、地域が無くなっていく。地域が無くなる象徴的な過程の一つとして、郷土芸能があるのではないかと。郷土芸能が無くなるということは、簡単に言えば結びつけるものが無くなるということです。昔は皆さんが農家で同じような生活をしていましたから、結びつけるものが他にもあったと思います。現代ではそういった地域を結びつけるものがどんどん無くなり、地域が崩壊していく。逆に言えば、もし郷土芸能が盛り上がれば、地域が盛り上がる。そんな逆の考えもできるのかな、と思っています。

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—郷土芸能の意味合いが変わってきたり、継承の問題があったり。これからご自身の持っている研究成果や技術をどのように使っていきたいと思っていますか?

佐藤 昔、豊作祈願などは人々にとって切実な問題でしたから、郷土芸能は宗教の側面が強い神聖なものでした。でも今の郷土芸能は、芸能の側面が強いと思っています。やはり芸能ですから、見てもらう人が居ることが重要です。あらゆるツールを使ってどんどん発表する場を作り、積極的に発表していけるようになっていくと、町おこしのスタートにもなります。芸能としても盛り上がったり、自分の郷土に誇りが持てるようになったり、といったことが起きていくのではないでしょうか。ICTが自分たちで技術が簡単に使えるようになって、発信も自分たちで手軽にできるようになってきています。芸能の良さを知らせるために使ったり、郷土の誇りを取り戻すために使ったり。そんな使い方をICTのテクノロジーに期待し、今ちょうどそれを試みているところです。

佐藤克美先生には、本展覧会にもご協力いただきました。また、郷土芸能の発信と継承に取り組む、小岩秀太郎さんと共に会期中のイベントにもご登壇いただきます。お二人の目から映る、郷土芸能の今と未来について、ぜひ会場で耳を傾けてみてはいかがでしょうか?

■「郷土芸能のいまとその可能性」

小岩秀太郎(縦糸横糸合同会社)× 佐藤克美(東北大学大学院教育情報学研究部 准教授)× WOW

2017年3月19日 (日) 13:00〜16:00

郷土芸能の発信と継承に取り組む小岩秀太郎さんと、テクノロジーを用いて郷土芸能の研究を続ける佐藤克美准教授。本展示にも協力いただいた東北を拠点として活躍するお二人に、ご自身の活動や郷土芸能の今と未来についてうかがいます。

定員:30席(予約不要、当日先着受付)